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03.相棒

 パーティを組まないかと、確かにこの魔術師はそう言った。    少しだけ期待していた言葉が耳に届いて、心臓がとくんと強く脈を打つ。 「な、何で急に」 「お前に興味が湧いた。観察させてほしい」  ……しれっと何てこと言いやがる。 「オレは実験動物じゃねぇぞ」  せめて人間扱いをしろと睨むと、目の前の男は更にニコリと微笑む。さっきの言葉が言葉だけに物凄くうさん臭い。観察と言っていたけれど、それで済む気がしない。薬の実験台とかにされそうだ。  湧いてくる警戒心に気付いたのか、魔術師は笑みをひっこめた。少しだけ真剣になった顔がまっすぐにハーファを見据える。 「見た所お前もソロだろう? 魔物退治の依頼をこなすなら後衛もいた方が便利なはずだ」 「それは……そう、だけど」    図星で反論の言葉が出なかった。  比較的魔物が弱い街の近くで依頼をこなすのならまだしも、遠出したりダンジョンに潜る時は通常パーティを組む。けれどハーファはパーティを組んでいない。いつまでたっても仲間らしき冒険者が出てこない事に気付いたんだろう。  思わず背中を丸めて地面を睨む。 「……オレ……パーティ組んでも長続きしねぇし……」  何回かパーティを組んだ事はあった。  だけど余計なものが見えてしまって、よせばいいのにハーファはそれをつい口にしてしまうのだ。  それが元でメンバーと上手く行かなくなって、何度も喧嘩別れが続いて。  また繰り返すのだろうかと思うと、知らない人間とパーティを組むのが怖くなってしまった。  ……あんまり、この話はしたくない。  早くこの話から逃れたいけれど、上手いあしらい方が分からない。優しい顔でじっと見つめてくる魔術師の視線が少し怖い。  もごもごと言葉を詰まらせていると、ハーファの肩に手が置かれた。 「奇遇だな、長続きしないのは俺も同じだ」 「えぇ……」  絶対嘘だと思いつつも、さっき絡んできていた冒険者の三人組の姿が頭に浮かぶ。  ずっと草拾いって言ってた。拾って貰える相手が見つかったのかと。  もしかして本当に一人でずっといるのだろうか。だったら、本当にパーティが長続きしないのだろうか。  本当に、同じなのだろうか。 「ハーファ。返事は?」  ふわりと笑みを浮かべる瞳を見ても悪意のようなものは伝わってこない。ただただ優しい、木漏れ日を受けた綺麗な微笑みが煌めいているだけ。  それが眩しすぎて直視できない。    ずっと欲しかった言葉が、優しく差し出された右手が、とっくに諦めたはずのハーファの心をじわじわと捉えていく。 「…………わか、った。言い出したのはアンタだからな。文句は受け付けねぇから」 「いや、文句は申し入れるがな?」  くすくす笑う魔術師の手が動いてハーファの頭をそっと撫でる。懐かしい。こんな風に構われた事なんていつぶりだろう。  何だかくすぐったくて、思わず口元が緩んでしまう。 「俺はトルリレイエだ。長いしリレイでいい。よろしく頼む、相棒」 「! ……よろしく、リレイ」  相棒。  思ってもみなかった言葉を噛みしめながら、目の前に差し出されたトルリレイエの拳に自分の拳を軽くこつんと触れ合わせた。   そのタイミングを見計らったように何頭かの狼の様な魔物が低い唸り声を上げながら姿を現して、牙を剥きだしにして威嚇しながらにじり寄ってくる。 「やれやれ……さっさと片づけて街に帰るか。前は任せたぞ、ハーファ」 「ん、任せろ」  負ける気なんかしない。  魔物に囲まれているのに相変わらず微笑んでいるトルリレイエに笑い返す。腰に挿していた杖を抜く相棒を横目に、魔物に向かって駈け出した。   「凄かったな、さっきの! あんな威力の魔術初めて見た!」  森を出て街へ向かう道中、ハーファは興奮冷めやらぬまま相棒の魔術師へ話しかけていた。  先程の戦闘は十匹くらいの狼型の魔物に囲まれていたけれど、思った以上にあっさりと蹴散らすことが出来た。ハーファ一人だと時間がかかりそうなものだが、相棒の魔術が半分以上を一撃で消し去って完封勝利。その威力と術の展開スピードは今まで見た事がないものだった。 「だがコントロールが悪かったな。本当に怪我はないか?」 「全然。完全回避だったし」  褒めているのに嬉しくなさそうだ。トルリレイエの放った攻撃魔術がハーファの隣すれすれを通った事を気にしているらしい。  ハーファは【眼】の能力のお陰で気配察知が得意だ。あれくらいの魔術なら余裕で避けられるのだが、何度そう言っても申し訳なさそうな顔で問いかけてくる。  相棒は優しい。単独で前線を張るハーファを最優先でサポートしてくれる。しかも凄い魔術が使えるのに、まだ努力しようと上を向いている。  思わぬ形で組むことになったパーティだけれど、このまま続いてくれたらいいのに。  何度も同じことを繰り返しているというのに、また性懲りもなく同じ希望を持っている。どうしようもない自分に自嘲していると数か月ぶりの街が目の前に現れた。    久々に踏み入れた街。木造の建物が多く見受けられるが規模が大きい。  キョロキョロと街の景色を見回しつつ見ギルドの建物に入り、今回の探索で見つけた依頼の品を納品する事にした。 「残り一種ですね。頑張ってください」  完了報告の手続きをしてくれていた受付嬢の労いに一礼すると、隣で受付の男と話していたトルリレイエと視線が合った。向こうも受けていた依頼の完了報告とパーティの申請手続きを終えたらしい。 「パーティはお互い久々だから、肩慣らしに近場の依頼を取った。軽く打ち合わせをしよう」 「ん、わかった」  本当はすぐ次の街に行こうと思っていたけれど……冒険者は信用商売だ。もう取ってしまっているのなら完遂するのが一番いい。  ギルドに併設されている食堂に席を取って、目ざとくやって来たフロア係に日替わりの定食メニューと飲み物をそれぞれ頼んだ。周囲を見渡すと、同じように打ち合わせをしている冒険者の姿がちらほら見える。大体は四人、大型の依頼なのか八人が集まるテーブルもある。  単独で行動していると食事をするだけだから、少し新鮮だ。    広げられた依頼票には採集依頼と記載があった。  本当にこの魔術師は採集が好きなんだなと思いつつ概要に目を通す……と、そこに書かれている依頼品の種数に目が釘付けになった。思わず二度見する。 「お、多くね!? しかも草ばっか! 大丈夫なのかこれ」  思わず声を上げたハーファは、はぐれ魔物の退治や商人の護衛団に入る事が多い。  【眼】の気配察知が生かしやすいし、期間と成果が分かりやすいからだ。採集は納品物が集まらないと完了しない。それも見分けのつきにくい植物採集は生えている地域や特徴の下調べが必要で、ハーファだけでなく前衛の冒険者は皆嫌がる傾向にある。  つまるところ、採集については全くの戦力外になる可能性が髙い。相棒なのに。 「問題ない。この辺の植生は調査済みだ」 「そ、そうなのか?」 「伊達に一年間採集依頼を受け続けていないさ」  そう言ってトルリレイエは外套の下の鞄から手帳を取り出した。    開かれたページを覗き込むと、草の名前がリストになってびっしりと並んでいる。別のページには名前と植物の図画、挟み込まれている地図には何かの区分けがされており、それぞれ手帳のリストと同じ番号が振られていた。  ――植生調査の資料だ。冒険者へ転身する前に居た神殿で、同期がせっせと作っていたものとよく似ている。  ただ採集依頼を受けていただけではなかったのだ。 「さすがに移動範囲が広くて敬遠していたが、相棒が居るなら少し時間のかかる依頼も良いかと思ってな」  何でもないように言いのけて笑う相棒の顔は、ただ優雅に微笑んでいた。

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