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11.麓の街

 渡り道の終点は山の麓だった。  鉱山に張り付くように出来た半円形の街並みを大小の道が放射状に貫いている。昔は採掘の賑わいで大盛況だったらしいけれど、閉山した今はすっかり寂れてしまっていて。 「あんたらみたいな奴はよく来るんだけどな。二人ってのは珍しいが」  ここ最近は鉱石の採集依頼でやってくる冒険者が殆どなんだそうだ。  そんな雑談混じりに階級章を確認し終えた入り口の戦士は、厳つい顔を崩して笑った。  案の定リレイの白い階級章に驚いた様子だったけれど、自分のレベルだけ上げてもギルドのランクはあがらねぇぞと言うだけだった。どうやら相棒はギルドの仕事に不真面目な魔術師だと思われたらしい。 「アンタは怒らないんだな。森の中の村は無名連れて無茶すんなって怒られたのに」 「森の村からこっちは魔物も一気に強くなるからな。本物の無名と格闘家の二人旅なら火力不足で詰んでるだろ」  向こうの門番は憎まれ役ってヤツだな!とおどけながら、鉱山の街の門番はガハハと豪快に笑った。  街で聞いた話だと、魔物の住むダンジョンになってしまった鉱山までは徒歩でしか移動手段がないらしい。  高低差の大きい地形で往復にそれなりの時間がかかるという情報をギルドから得て、今日はゆっくりすることにした。店を回って物資を補給し、支度が終われば宿での休憩もそこそに情報収集がてら街へ再び繰り出す。  鉱山の様子とか、歴史とか、ダンジョンに関わりそうな情報を集めながら歩いて。ふらっと入った酒場で食事をとりつつ、新顔に絡んできた冒険者や街の酒飲み達と話す相棒を見ていた。  リレイは人から情報を聞き出すのも上手い。色々なことを知っているから話がよく弾んで、役に立ちそうな情報をアッサリと引き出してしまう。ハーファのような【眼】を持っている訳ではないはずなのに、やけに的確に。これが知識の差というものなのだろうか。 「どうした?」  じっと見すぎたんだろうか。  逸れていたリレイの視線がふと戻ってきて、真っ直ぐにハーファを見つめてくる。ちょっと気恥ずかしい。 「いや……やっぱ話すんの上手いなって」  そうか?と相棒はキョトンとした顔を浮かべている。その手には折り畳まれた何かの紙が握られていた。 「それは?」 「閉鎖前の坑道の地図だ。今もこの通りとはいかないだろうが、参考にならないかと思ってな」  いつの間にそんなものを得ていたんだろう。  リレイが情報収集をする手際は見事で頼りになるけれど。少しだけ、ハーファは自分が取り残されているような感覚を覚えるようになっていた。 「……マメだな」 「これでも知識職だからな」  くすくす笑うリレイは手に持った紙を広げる。  元坑夫だって言ってた酒飲み勢を呼び寄せ、在りし日の鉱山の様子を尋ね始めた。けれどハーファはその中に溶け込めなくて。ただただ、その様子を見つめるだけだった。  賑やかな酒場から宿屋に戻ってきて、一息ついた頃。湯浴みを終えた二人は向かい合ってベッドの上に座っていた。 「よ、よろしくお願いします……」 「毎回律儀だな」  何度か繰り返しているけれど。この時間はいつも少し緊張する。それが分かっているのかリレイの手がそっとハーファの髪に触れた。  しばらく短い髪をいじっていたけれど、ゆっくりと顔の輪郭に沿って指が降りてきて。少しだけ視線を外していた顔を正面に戻されてしまった。 「じゃあ、始めよう」  その声を合図に、ふらつかせていた視線をリレイの瞳へゆっくりと真っ直ぐ向ける。 「気配は見ない。向かい合う人間そのものを見る」 「ん……」  リレイが言い出した訓練は、とてもシンプルなものだった。    意識的に【眼】で見えるものを見ないようにする。    たったそれだけなのだけれど、これが中々難しい。ハーファは自分で思っていたより周囲を【眼】でしか見ていなかったから。人間と向かい合っていても、その表情より感情の気配を見ていて。自分に何が向けられているのかを無意識にずっと探っていたのだ。  実際、リレイの気配を探らないように努めていると蓄積していた疲労が明らかに軽くなっていった。無意識とはいえ四六時中ずっと能力を使っていた負荷は大きかったのだろう。  目を閉じるように、【眼】の力も閉じる。  そう意識をして何度も自分に言い聞かせると、リレイのさざ波のような魔力の気配が少しずつ薄まっていった。次第にハーファを見つめる瞳を遮るものが無くなっていく。  ……いつもよりハッキリと見えるようになった相棒の顔はやっぱり綺麗で。  じっと見つめ合うこの瞬間はどうしても少し照れてしまう。 「真っ直ぐ視線が合うようになってきたな」  しばらく無言で見つめ合っていると、しゃらりとリレイが身に着けている耳飾りが高い音を立てる。  また子供にするように頭をゆっくりと撫でつつ、目の前の顔が目尻を下げてふわりと微笑んだ。    リレイ曰く【眼】を通して向かい合っている時と、そうじゃない時は気配が違うらしい。ハッキリ分かることは少ないらしいけれど。  その流れで今までのパーティであった事を話すと、探られているのを周りも雰囲気で感じていたのかもしれないなと笑っていた。  確かに、言われてみれば人の顔をちゃんと見ていなかったんだと今になれば分かる。  リレイですらしつこいくらい顔の位置を調節される程なのだから、それ以外の仲間には全く向き合っていなかった可能性がある。そう相手に感じられていたとしたら、いつも足を引っ張るハーファに不信感が募ってもおかしくはない……かもしれない。 「……ありがとな、リレイ」 「うん?」 「訓練、付き合ってくれて。どうしたらいいのか分からなかったから」  リレイが居なかったら、ここまで来るのにもっと苦労していたと思う。優しい相棒の手助けがあったからここまで動けるようになったのだ。  ……時々、とんでもない人でなしになるけど。 「他ならぬ相棒の事だからな。お前が戦いやすくなれば、俺も立ち回りやすくなるし」  急な感謝に少しぽかんとした表情を浮かべたリレイだったけれど、すぐに優しい微笑みになる。互いの為になる事しかしていないぞと言いながら。  そんな言葉と一緒にまたゆっくりと頭を撫でられて、ハーファはふわふわとした気持ちで目を閉じた。

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