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10.言の葉
中継地点の村を出て一週間。
トルリレイエの考えた訓練とやらを受けつつ、ゆっくりだけれど先に進んでいた。
渡り道とはいえ他のパーティとすれ違う事もなく。目印らしい目印も無いから確実な現在地は分からないものの、大体四分の三くらいまでは来てるんじゃないだろうか。
相変わらず沸いてくる魔物を蹴散らしつつ進んでいるけれど、貰った地図の要注意エリアは書かれたとおりに魔物がよく出現する。
村へ着く前に通った群生地程の数じゃないとはいえ、出てくる個体が少し強くなっていて。武器を持たないハーファの攻撃では現れる魔物の撃破に時間がかかるようになってきた。
「ハーファ! あまり深追いするな!」
体力を削りきれなかった敵が逃亡するのを追おうとすると、トルリレイエの声がハーファを呼び止める。
そうは言うけれど、逃げた魔物を放っておくと仕返しとばかりに仲間を引き連れて戻ってくることがある。こちらにも仲間が沢山いるならまだいいけれど、二人しかいないパーティでそんな状態になるのはリスクが高い。
これだけ魔物が出る場所なら、袋叩きにされてもおかしくないのだ。
「大丈夫だって! まだい、け……ぇ?」
ぐらりと。
力強く前に踏み出したはずの体が後ろへ引っ張られるような感じがして、そのまま地面に尻餅をついてしまった。受け身も取れずに思い切りいって尻が痛い。
「だから言っただろう」
「……調子いいと思ったのに……」
まだまだ動けるはずだった。
いつもではないけれど、訓練を始めてから少しずつ調子がいいと感じる事が増えていた。夜の見張りで寝てしまう事も大きく減って、ようやくパーティらしくなってきたというのに。
「確かに稼働時間は延びてきているがな。疲労を感じにくくなっているんだ、限界を見誤ると痛い目に遭うぞ」
「な、なに、ちょっ」
じりじりと近付いてくる相棒の顔が視界に入って、嫌な予感が一気に働いた。けれど逃げる間もなくがっしりと肩を掴まれて。
「休憩する余裕は無さそうだし、とりあえず動けるようになるまで分けてやる」
そう言いながらにっこりとやたら綺麗な笑みを浮かべて近付いてくる表情は、やはりどこか胡散臭い。楽しそうな顔が見えなくなったと思ったら口元に柔らかい感触がした。
「っ、う……んぅ……!」
まただ。またやってしまった。こうならないように頑張っていたのに。
トルリレイエと触れている部分から暖かいものが流れ込んでくる。じわじわと体を何かが包んで、ゆっくりと力が抜けていく。抵抗しないのを良い事に、相棒の唇は何度も触れて離れてを繰り返していた。
結構な時間、そうしていたじゃないかと思う。
「な、がぃっ……」
「嫌なら疲労しないように戦うことだ」
文句を言ってはみたものの、トルリレイエはくすくす笑いながら覆い被さってくる。普段なら押し返せるはずなのに。今は押しても叩いてもびくともしない。
いっぱいいっぱいになってきた頭は、いつの間にかこの状況の元凶であるはずのトルリレイエの服を掴んでいた。力一杯布地を握りしめて、また始まったキスに溺れそうになりながら縋りつく。
「ん……ッ、ふ、ぅ……ぁ」
悔しいけれど、トルリレイエと唇を重ねるのが少しだけ気持ちよくて。力が入る様になってきても結局はされるがままに流されてしまった。
「……来たな」
ふとそんな声が聞こえて、ハーファを押さえ込んでいた体が離れていく。
視線を追った先には硬い甲羅を持つ巨大な亀の魔物。そいつが率いる群れには、さっき逃した狼みたいな魔物が混ざっている。
やっぱり味方を呼んで戻って来たらしい。
「腰が砕けたなら下がっているといい」
「く、砕けてねぇし……っ!」
にやにや腹の立つ顔で笑いながら杖を抜くトルリレイエを睨みつけ、八つ当たり混じりで魔物へ攻撃を仕掛ける。魔力を分けるついでに補助魔術もかけて貰っていたらしい。力一杯魔物を蹴り飛ばすと、いつもより勢いよく吹っ飛んでいった。
手負いの狼が呼んだ魔物の群れを下し、先へ進む。沸いて出てくる魔物を蹴散らしながら進むものの、高低差でぐねぐねと曲がりくねっている渡り道の終わりはなかなか見えない。
戦闘疲労がマシになってきたハーファはまだ動ける。けれど前衛に比べると体力が低めの魔術師にはキツイかもしれない。
魔物の気配が途切れた事だし、タイミングがいい。
そう思って休憩を提案しようと振り返った――が。
「疲れたか?」
振り向いた先では、平然とした顔のトルリレイエが小首を傾げていた。
「……体力まだあんのかよ。魔術師なのに」
「魔術師が皆揃って虚弱体質な訳じゃないぞ」
それは確かにそうだけれど。ハーファよりも遥かに元気そうに見えるのは流石に強靭すぎではなかろうか。冒険者にしては体格がいい訳じゃない、むしろ小さいくらいなのに。
唖然とするハーファをよそに、トルリレイエはきょろきょろと周りを見回して何か考えている。
「だが丁度良さそうな場所だな。少し休んで、何か腹に入れようか」
「まだ元気ならいいんじゃねぇの」
もしかして気を遣われているんだろうか。そんな気の遣い方は嬉しくない。
少しムッとした顔を向けるハーファに何か察したのか、トルリレイエはくすりと小さく笑った。
「この辺は魔物の気配が薄いんだろう?」
「……なんで」
確かにその通りだけれど。
魔物の巣であるダンジョン地帯ならまだしも、渡り道が通る程度の森では魔物の気配にそこまでの濃淡はない。実際、今まで組んできたパーティでもトルリレイエみたいなことを言う仲間は居なかった。
やはり何かの能力持ちかと相棒を見つめるハーファを、悪戯っ子の様なにんまりとした顔が見つめ返してくる。
「周りへの警戒が薄いようだからな。ハーファの【眼】の方が地図のメモよりあてになる」
――資料より現場。冒険者をしていればよくあること。
それだけだと分かっているけれど、まるで信頼していると言われているようで。トルリレイエの言葉はハーファの中へゆっくりと染み込んでいく。
顔が熱い。燃えているみたいに。
「さ、この先に備えて少し休もう」
「……うん」
歩きだす背中に頷くと、トルリレイエは珍しく素直だなと笑う。
気持ちがふわふわしてくすぐったい。からかうような声なのに上手く言葉を返せない。大人しく前を歩く靴を追いかけて、近くの木陰に荷物を下ろした。
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