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09.相棒の謎
いよいよ日が沈もうという頃。
ようやく魔物の群生地を抜けて、地図にぽつりと描かれていた村にたどり着いた。
鬱蒼とした木々に包まれるようにひっそりと佇む村の周囲には高い金属の柵が二重に張り巡らされていて、思っていたよりもかなり物々しい。少し低くなっている外側の柵の周囲を辿って村の門の方へ回り込むと、物見櫓に立っていた戦士っぽい奴が声をかけてきた。
「どこから来た?」
「西にある森のウェルセテアだ。東のグラウドランへ向かいたい」
トルリレイエの答えを聞いて、地図の様なものを物見櫓の戦士が見る。しばらくすると門の方へ向かって声をかけ、何かのジェスチャーをした。
門の方へ行けと指示されて歩いていくと、門番らしき戦士二人とこっちを見ているガタイの良い戦士一人が立っているのが見える。ガタイの良い戦士の方がにこやかに近付いてきた。
「ギルドの階級章を見せてくれ」
言われて首にかけていた長方形の板を見せる。ギルドに所属している冒険者に必ず渡される階級章――これがないと冒険者だと名乗れないし、冒険者のランクも示す大事なものだ。
ハーファの階級章を確認した戦士は小さく頷いて、トルリレイエにも手を差し出す。
同じ様に服の下から鎖を出したトルリレイエは階級章を戦士に示した。
「白だと……? 無名のくせによく渡り道を抜けられたな」
「仲間がいたからな」
軽くトルリレイエが笑うと、ガタイのいい戦士はハーファをちらりと見て首を傾げた。
冒険者の階級章は、ランクごとに色が分かれている。
無名と呼ばれる新人の白から始まって、黄、緑、青、紫、赤、茶、黒、銅、銀、金と階級が上がっていくのだ。
ランクの上がりやすさは危険度の高さや難解さ、つまり報酬の多い依頼を受けるほど実績として評価される。そのため移動がてら護衛依頼をこなしていたハーファは青だが、軽く一年は調査をしながら採集をしていたというトルリレイエのランクは低いまま。
さすがに無名を連れて森の中の強行突破は危ないと、何故かその場でハーファへの説教が始まってしまった。
けれどトルリレイエが首からかけている鎖は二本ある。冒険者の階級章を取り出す時、菱形の板もあるのが一瞬だけ見えた。
魔術師には菱形の階級章があるのをハーファは知っている。魔術師のランク色が冒険者と共通であることも。
そして見えた菱形のプレートに入っていた色は――黒。
多分、戦士は魔術師の階級章の事を知らないのだ。戦闘を生業にする前衛職はギルドの階級章が実力の証だから。ついでに魔術師の階級章も見せてくれればいいのに、トルリレイエはその気がないらしい。むしろ隠している様に見える。
この説教は長くなりそうだと溜息を吐きながら、適当に相槌を打って説教を聞き流す姿勢に入ったのだった。
ようやく戦士の説教が終わり、門を開けて貰えた。到着した頃はまだ僅かに明るかったはずの空は日が暮れて夜になってしまっている。
店での道具補充は明日に回し、ひとまず宿屋へ入る事にした。
「なあ、何でリレイは冒険者のランク上げてないんだ? これだけ戦えるなら戦闘依頼だって取れただろ」
無事取れた部屋で軽食を取りながら、ハーファはふと気になった事を口にした。
【眼】でトルリレイエの魔力の波を見てから、ずっと気になっていた。相棒はその辺の冒険者よりも絶対に強い。ハーファよりも上のランクの討伐依頼だって受けられるはずなのに……と。
改めて魔術師の黒い階級章を見て、やはりあえてランクを上げていないのだと確信した。
「戦闘は複数で組む必要が出てくるだろう。俺にはパーティの才能が無いからな」
「なんだそりゃ」
そんな言い訳初めて聞いた。
大真面目な顔でそんな事を言うトルリレイエに思わず吹き出すと、目の前の顔も破顔する。
「魔物の珍しい行動を見ると観察しすぎてしまうんだ。人食い花 の時にハーファも怒っていただろう?」
――それは笑顔で言う事じゃねぇだろ。
東の森で人食い花に捕縛されたハーファを見て、助けるでもなくニヤニヤと笑みを浮かべながら観察していたのを思い出した。あれを他のパーティでもやってたって事か。
なるほど、これはハーファ以上にパーティを組む才能はなさそうだ。
「二度目をくれたのはハーファだけだった」
「……だって。【眼】の事分かった奴、リレイしかいないし」
そりゃ、他に組める冒険者が居るなら見切られても仕方がないと思う。多分ハーファもそうしただろう。
けれど今まで冒険者をしてきて、【眼】の能力に気付いた同業者はトルリレイエだけだった。もしもパーティを解散したとして、次に同じような仲間に出会えるかは分からない。きっとその確率は物凄く低いというのは分かるけど。
やっと見つけた理解者。
そう思ったら、多少の難では簡単に手放せる訳が無い。
改めてそんなことを考えて、向こうに主導権を握られている事に段々ムカついてきた。パーティに誘ったのはトルリレイエのはずなのに。いつの間にか自分が寄りかかってしまっている。
……少し自重しよう。必要以上に頼りすぎないように。
そう思った瞬間、唐突に「そうだ」と呟いてベッドに座っていたトルリレイエが近付いてきた。
今度は何だと警戒しながらその顔を見る。
「能力といえば。訓練をしないか?」
「訓練?」
向けられた顔は普通の顔だ。何か妙なことを企んでる訳ではないらしい。
「今はかなり疲労しているだろう。発動を抑えて消耗しない様にする方が動きやすいと思うが」
思ってもいない言葉に、はたと時間が止まる。
「え……お、抑えるって、そんな事できんのか!?」
「ああ。コントロールくらいは出来るはずだ。神官兵ならその手の訓練もしていただろう?」
さも当たり前のように言われてギクリとした。魔術師なのに何故そんな事まで知っているのか。
確かに、それらしき事を言われてた訓練があった気がする。何がその訓練なのかは全然覚えてないけれど。
同じ【眼】の能力を持っているおっかない神官に、訳も分からず厳しくされて。何で自分だけなんだって不貞腐れてた事だけ記憶に残っている。
「だ、だって……そんな説明なかったし……」
「折角の機会だというのに、サボりは頂けないな」
まるで見ていた様な口ぶりで図星を突かれて返す言葉を失った。何で分かるんだ。【眼】じゃないにしても何かの能力持ちなんじゃないかと疑わずには居られない。
「で、訓練はどうする?」
「すっ……する!」
今まで思うように動けなかった原因が、ここにきて解決できるかもしれない。そう思った瞬間に考える間もなく口が返事を返していた。
……これ以上は頼りすぎないようにって思ってたのに。
結局また一つ、トルリレイエに頼る事が増えてしまったのだった。
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