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08.触れる温もり
格闘家のくせに何故、体力のない後衛よりも先にへばるのか。
改善するつもりはないのか。
お守りばかりではパーティとは言えない。
――役に立たない。
トルリレイエの周囲にかつて仲間だった冒険者達の影が見えて、彼らの言葉がじわじわと記憶の底から蘇ってくる。
「ごめん……足、引っ張ってる……」
良くも悪くも、トルリレイエは何も言わない。
その沈黙が怖い。いつも何も言わずにカバーしてくれる相棒は、どんな風に自分を見ているのか。それを考えただけでも気持ちが重い。
視線を上げることが出来ずに地面を睨んでいると、トルリレイエの手が頭を撫でてきた。
「……やれやれ、仕方ない」
かけられた言葉にびくついていると、顎の下を指が撫でた。顔を上向ける動きに逆らう気力もなく恐る恐る視線を相棒に向ける。
目の前にはにんまりと笑う顔。
また変なスイッチが入っていると察したけれど、逆にいつもと変わらない様子で少しホッとしてしまった。
だから。
「え? なに、んンっ!?」
トルリレイエの顔が近付いてきているのに気付くのが遅れて。
顔が見えなくなったと思ったら口が塞がれていた。触れている感触は指じゃない。それにしては柔らかすぎる。
……キスだ。見えないからハッキリは分からないけど、たぶん。
そう認識した体がビクリと跳ねた。押し返そうとしても、疲労で限界に近い腕の力ではびくともしない。
もがいている間に抱き込まれて、背中をさすられて。単純なことに不安で包まれていた心がゆっくりと解れていく。まるで子供だ。
「ん、う……ふ……」
じんわりと暖かくなってきて、強ばっていた体から力が抜けていく。頭がふわふわとして重たい。
抵抗する気にもなれず、されるがまま重なった唇の熱を受け取る。ついには立っていられなくなってトルリレイエにもたれ掛かってしまった。
脱力していた体に少しだけ力が入るようになった頃。
ふわふわとしていた頭が、一気に現実へと引き戻された。
「っ、な、何すんだよ急にぃッッ!!」
感覚が戻ってきて精一杯の力を込めて押し返すと、トルリレイエは両手を上げながら後ろへ下がっていく。
どうして急に。
不覚にも動揺してしまって息が苦しい。熱くなった顔から火が出そうだ。そんなハーファを見る顔は、またしてもにんまりと笑っている。
まただ。また実験動物を見るような目をしている。スイッチの入るタイミングが謎すぎる。
「俺の魔力を直接流し込んだんだ。疲労も多少マシになったと思うんだが?」
「え。あ……そういえば……」
動物扱いするなと抗議しようとした言葉が喉の奥へ引っ込んでいく。
さっきより明らかに体が軽い。腕の力も入るようになった。拳もしっかり握れるし、腰を落として動いてもふらつかない。試しに正拳を突く動作をしても、思ったように力加減が出来る。
トルリレイエがくれたっていう魔力のお陰なんだろうか。
「これならハーファもすぐ動ける。辛そうな姿を見ているのも忍びないしな」
にっこりと浮かべられた満面の笑顔に見つめられて、トルリレイエの唇に目が引き付けられた。あの唇か触れたのだ。ハーファの……口元に。
さっきの感触と温度を思い出して、ぼわっと顔が熱くなった気がした。
「……うぅ……」
「そんなに気にすることか? 口付け如き初めてって訳でも……」
何事でもなさそうに言う相棒に返す言葉がなくて、地面をただただ睨む。
だって。
「……初めてなのか」
驚いたような顔で投げ掛けられた問い。
悔しいけれど、こくんとひとつ頷いた。
神殿にいた時は怒られてばかりで、見返すことに躍起になってたからそれどころじゃなかった。冒険者になって仲良くなれた相手には、【眼】の能力で見えた事を言っては余計なお世話だって嫌われていた。
パーティすら組めないハーファなのである。キスがどういうものかは何となく知っていても、他の冒険者がしてるのを見てるだけのものだった。
……何度指で触れても、重なっていた唇の感触が消えない。触れあったトルリレイエの温度が体にまとわりついている。
不快ではないけれど、むずむずして仕方がない。それが気まずくて顔が上げられない。
「ハーファ……」
耳に届くのは少し甘さを含んだ声。
頬をトルリレイエの両手が包んで強制的に顔を上向けられたと思ったら、すぐ近くに相棒の綺麗な顔があって。
待ってくれ、さっきの今でこの距離は刺激が強い……!
「うぁ、ちょ、まっ……んぅっ!」
慌てて逃げようとしたけれど、距離を詰められる方が早かった。
またさっきの感触が唇に触れて、ひくりと僅かに震えた体が固まる。頬を包む暖かい温度が頬骨を、柔らかい感触が口元を優しく撫でてきて。微かにかかるトルリレイエの吐息がくすぐったくて、また体から力が抜けていく。
ついには重力に逆らえなくなってずるずると座り込むと、撫でるだけだったキスが啄むように触れるものに変わっていった。
どこで息を吸えば良いのか分からない。どうしたらいいのか分からない。その間に呼吸が段々追い付かなくなっていく。
息が苦しくて、体も熱い。
体が溶けてしまいそうだと思いながらも、されるがままに受け入れる。しばらくして離れていったトルリレイエは少しハッとした顔で目を丸くした。
「……そろそろ行こうか」
そう声をこぼす唇は少し濡れて艶めいていて、視線が外せない。何度も触れた感触が頭から離れない。
何も考えられなくて、ぼーっとする頭でぼんやりと相棒を見つめていると。
「さっきので腰でも砕けたか?」
からかうようなトルリレイエの声が耳の中に入ってきて、ぼんっと頭の中がその言葉でいっぱいになる。顔が熱い。燃えそうなくらいに。
「ッ……! 砕けてねぇよ馬ッッ鹿!!」
ガバッと立ち上がって荷物を引っ掴む。
だけど上手く足に力が入らなくて椅子代わり座り込んでいた岩に足を取られてしまった。いつもなら簡単に回避できるはずなのに、踏み止まることも体勢を建て直すこともできなくて。
情けないことに、そのまま顔から地面に突っ込んでしまったのだった。
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