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07.渡り道にて

 森に囲まれた街を出て、鉱山のある方角へ道なき道を進み始めて数週間。  貰った地図のお陰か道中はスムーズで。気付けば途中の村まであと少しかと思える地点までやってきていた。  街の周りは道が細くて、冒険者が通るルートなんて本当にあるのか疑わしかったけれど。進むほど下草が刈られていたり、砂利が撒かれていたり、舗装されてはいないものの手入れがされていると分かる道に変化していった。   「何で街の周りは草刈らないんだろうな」  街の周りはパッと見て道があるとは分からなかった。一応、踏み固められた跡はあるけれど草が覆い繁っていて隠されてしまっているのだ。  街から離れればここまで道らしく手入れされているのに、入り口の辺りだけ獣道になっているのは少し不思議だ。 「以前、冒険者ではない人間が迷い込んで命を落としたらしい」 「看板とか置けばいいんじゃ」 「字が読める人間ばかりじゃないからな」 「あー……そういやオレも習ったの神殿だな」  昔住んでいた村の住人は、大人も子供も殆どが読み書きまでは出来なかった気がする。字を読む仕事をしていたのは行商人と教会の神父様くらいだった。  とはいえ村が無くなったのは随分前だから、詳しいところは曖昧だけれど。 「神殿? 教会ではなく?」 「うん。冒険者の前は神官兵してたから、大神殿に居た」  よっぽど意外だったらしい。ハーファの回答に目を真ん丸にしたトルリレイエは、ほう、と呆けた様子で一つ溜息をこぼした。じろじろと視線が頭から爪先までを往復している。 「……驚いたな」 「うっせぇ。らしくないって自分でも思ってるよ」  失礼な奴だなと思うものの、神殿暮らしは本当に向いてなかったと思う。  あそこには能力の事を知っている人間はいたけれど、そういう奴らからは警戒心が槍のように刺さってきて。見たくない物が沢山見えて息苦しかった。  全く馴染めなかった神殿から飛び出してやっと解放されたのだ。そんなハーファが神官兵らしくなんてある訳がない。  いい思い出はあまり無いけれど、トルリレイエは神殿の話に興味を持ったらしい。  山崩れで村の殆どが押し流されて神殿に引き取られたこと。神殿暮らしが酷く窮屈だったこと。地方討伐任務のある神官兵に志願して、赴任先で冒険者という存在を知ったこと。神殿を脱走して冒険者になったこと。  いつの間にか昔話をあれもこれもと吐かされながら道を歩く。道の両脇にある樹の幹に黄色い紐が巻き付けられるようになった辺りで、少し前を歩いていた相棒がぴたりと足を止めた。 「さてと。地図によればここから先は魔物の群生地らしい」  黄色い紐の緩みを直しながらそう言ったトルリレイエの声に被さる様に、かすかな音が聞こえた。  ただの草が擦れる音。けれど音のした方からはこっちの様子を伺う魔物の気配がする。ちらりと見た相棒は腰に杖を差したままだ。どうやら未だ気付いていないらしい。 「言ってる間に来たっぽいぞ」  気配のする方を指さすと、出てきたのは牙と脚が異様に大きい狼の形をした魔物。街の周辺によく出没する、ある意味お決まりの奴だ。  それが一、二、三……五体ほど。一様に牙を向いてハーファ達を威嚇している。 「やれやれ、腹でも空かしているのかもしれないな」  杖を抜きながら嫌な冗談を言うトルリレイエにちらりと視線を向けて、ハーファは向かってくる影を迎撃しに駆け出した。      ――群生地とやらに突入してからは、ずっと連戦が続いている。  一つ一つの戦闘は東の森に比べれば大したことはない。足元も滑らないし。  けれど魔物の死骸が放つ血の臭いを追ってか、あちらこちらから魔物が姿を現しては襲ってくるのだ。空からの急襲も、背後からの不意打ちも、【眼】の気配察知とトルリレイエからの援護でダメージもなく切り抜けられているけれど。  ハーファにはひとつ、別の問題があった。  今まで組んでいたパーティが長く続かなかった大きな原因が。   「そんな戦い方をしているから、すぐに疲労するんだぞ」  戦闘を終えて木陰で膝をつきながら息を整えているハーファに、トルリレイエが近付いてくる。  水の入った筒を渡してくるその顔は少し呆れ顔。はぁ、と小さく溜息を吐く音が聞こえて僅かに体が強張った。    本来格闘を得意とする冒険者は、扱う武器の関係で剣や斧、盾などを装備する剣士や戦士よりも身が軽い。戦場を動き回る身軽さと、重装備による攻撃力や防御力と引き換えにして得た疲労しにくさが特徴なのだ。  だというのに、ハーファは格闘家でありながら疲労が蓄積しやすい。  長期戦で動き回ると不利になる。そこで【眼】を使って短期戦に持ち込もうとするけれど、普通に戦うよりも疲労する。その疲労をカバーしようとまた短期戦を狙う。  堂々巡りなのは理解しているが、抜け出す方策を見つけられずにいた。  都度宿屋に帰れるなら疲労も回復出来るのだけれど、遠出になると日が経つにつれて真っ先に疲労するようになってしまう。体力とは異なり、疲労は回復手段が限られている上に完全回復が難しい。大体の場合はハーファが動ける程度まで自然回復するのを待つしかないのだ。  最初は気を遣ってくれる仲間も、繰り返される足止めに段々と呆れが透けて見えてくる。  ……今のトルリレイエのように。 「もう大丈夫だ……行こう、リレイ」  受け取った水を飲み干し、勢いをつけて立ち上がる。置いていた荷物を持とうとすると何故かその手を強く掴まれた。   「まだふらふらしてるじゃないか。今日はここで野営しよう」  トルリレイエの視線が周囲を軽く見回す。  平らな地面。周囲の見晴らしも悪くない。火を使った形跡もある、典型的な使い古された焚火跡だ。  ここは比較的安全な場所だと言える。だからあえて休もうと言ってくれている。  それは、分かっているけれど。 「大丈夫。もう少ししたら村があるから」  日没が近付いているとはいえ、急げば今日中に村へたどり着ける可能性は高い。なのに野宿なんて。 「気持ちは分かるが、無理しすぎると倒れるぞ」 「平気だって。宿で寝た方が疲れも取れるし」  ここに来るまででも疲労ですぐに寝てしまって、夜の見張りはトルリレイエが殆どを担っている。パーティなのに一人に負荷をかけている状況が続いてはただのお荷物だ。  今までのパーティとは違って、文句や嫌味を言われたりはしていない。だからこそ役に立ちたい。  変なスイッチが入った時以外はとても優しい相棒に、見限られない様にしないと。 「ハーファ」  けれどそんな気持ちが伝わるはずもなく、一瞬沈黙したトルリレイエが少し怒ったような声音で言葉を発した。    言う事を聞かないから怒ったのだろうかと、叱られた子供のような気持ちで相棒を見る。その顔は少し困ったような顔をしていた。 「……リレイに付き合って貰ってんのに、野宿なんてさせられない」  少しだけ目を丸くした相棒。その場にしんと沈黙が落ちた後、何処か戸惑うような声が聞こえる。 「そんな事気にしなくていい。俺も冒険者だぞ?」 「じゃあ、リレイだけでも村に。アンタの足なら着くだろ」  出会った時に感じたとおり、トルリレイエは強い。術の威力が高いし、魔術の詠唱速度も速い。魔物が向かってきても、その攻撃の間合いへ入る前に一掃している事が殆どだ。  小休憩を繰り返すハーファのフォローがなければ順調に進めるはずだったのに。   「……それじゃパーティの意味がないな」    ぽつりと相棒の口から放たれた言葉が、ハーファの心に突き刺さった。

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