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15.旧知

 鉱山から戻って早々に、ギルドへゴブリンの牙を納品した。  ずっと抱えていた長期依頼も完了してひと段落し、ひとまずその足で食事がてら次の行き先の打ち合わせする事になって。街の外れにある酒場で注文を済ませ、周辺地域の地図を広げる。  鉱山の街は山に囲まれていて行ける方向も限られているし、通っている街道も少ない。どの道を使うかで行ける方向が大きく変わってくる。 「オレは別に行きたい所ないな。リレイは?」  ここしばらくはずっと受けた依頼のために動いてきたし、いつ終わるのかも分からなかったから何も考えてこなかった。行きたい所といってもピンとこない。 「そうだな……一度港町に出るのはどうだ? 街道の起点だし、これの加工が出来る工房があれば寄りたい」  そう言う相棒が持っているのは鈍く光る白い石。鉱山の中で見つけたらしいそれは、魔力をたくさん含む鉱石なんだそうだ。  ……魔術用の装飾か、何か怪しげな実験道具でも作るんだろうか。     鉱山の街から港町までは大きな街道が通っていて、馬車も一日に数本行き来していた。少し狭い乗合馬車はあっという間に丘陵を抜け、広い平原を通って港町へ軽快に進んでいく。渡り道の道中が嘘のような順調さだ。  滑るように走る馬車は数日で港町へ辿り着いた。活気のある街が見渡せる丘の上に建つ、少し手狭な宿を確保して。  リレイは鉱石の加工が出来る工房を探して街中へ繰り出し、ハーファはギルドでの情報収集を任された。 「なんか緊張するな……」  以前は一人で立ち回っていたはずなのに。パーティを組んでから相棒に任せっぱなしにしすぎていたかもしれない。  少しドキドキとしながら、目の前の扉をそっと開いた。    ギルドと酒場がひとつになったフロアは、酒盛りをしている冒険者で賑わっている。  後から入ってきた一行がドカリと魔物由来の素材を置いて、次から次へと見事な大きさの戦利品を積み上げていく。ギルドの鑑定士だろうか、制服を着た何人かが素材を手に鑑定を始めた。  聞こえてくる会話からして、大規模な討伐依頼があったらしい。  上級冒険者っぽいし、彼らから軽くこの辺のダンジョンについて聞ければと思っていたけれど。鑑定結果の発表で賑わうテーブル席は聞き込みどころではなさそうである。 「こりゃカウンターの方が良さげだな……ん?」  近くに座っていた冒険者も巻き込んで始まった酒盛りの中に、一人だけ見覚えのある服装がちらついた。テンション高くジョッキを空けた冒険者の一人に取っ捕まったそいつは、運ばれてきた樽になみなみと入った酒を頭からぶっかけられている。  パッと見ると嫌がらせにも見えるが、功績を上げた冒険者は樽酒を開けて周囲にかけて回る習慣がある。なので酒が苦手だったり、祝杯にあずかるつもりがない人間は始まった瞬間に退散するのが定石。  けれど、絡まれているソイツはそんな事を知らなかったんだろう。  肩を組まれた瞬間に酒をぶっかけられ、混乱した顔で周りを見ている。おまけにジョッキ入りの酒を勧められて必死に断っていた。    祝勝杯で出された酒は、極度に苦手でない限りは受けるもの。といっても苦手なやつは最初の段階でほぼ退散済なので、あの場に立っている奴は酒を嗜む人間として巻き込まれる。  酒をあおってぶっ倒れでもしない限り、断れる訳がないのだ。 「何やってんだか」  そもそもアイツがどうしてこんな所に居るのかが謎だけれど。昔のよしみで恩を売っておくか。  そう考え直して、絡み酒に四苦八苦している奴に近付いた。押し合いで宙に浮いた憐れなジョッキを引ったくる。 「飲まないなら貰うぞ」  一気に飲み干した酒は、いつも酒場に出てるものより少し甘い。甘いくせに度数が高いのか一気に体が暖かくなってくる。  ……なるほど、こんなのを大量に飲んだら倒れても不思議じゃない。  今まで祝勝杯に参加する機会がなくて不思議に思ってたけど、床に転がってる冒険者をよく見かける理由が分かった気がした。  「お、おま……まさかハーファ!?」  大きな声に振り向くと、幽霊でも見るような顔がハーファを見ている。前より背が高くなってるのに、そういう少し抜けた顔は小さい頃から全然変わってない。 「ん。久しぶりだな、イチェスト」  ――イチェスト・スフェイ。  グレイズ教の神官兵で、ハーファの元同僚。そして同時期に大神殿へ引き取られた兄弟みたいな存在。  逃げるように神官兵をやめたから、もう会うこともないと思ってたけれど。思いがけず家族同然の人間に再会し、ハーファの口元は少しだけ緩んでいた。  ひとまず祝勝酒を一杯ずつ貰い、カウンターへ移動した。酒に弱かったらしいイチェストは、半分飲んだだけでも酔いが回り始めたらしい。心なしか頭がふらふらしているように見える。 「お前今まで何してたんだよ、赴任地で消えたって聞いてビビったんだぞ!」  ジョッキに残る酒を一気に飲み干したイチェストが急に肩を組んできたと思えば、至近距離でこれでもかとガンを飛ばしてきた。その顔はもう真っ赤で、完全に酔いが回っているようだ。 「冒険者になったんだ。どうしても神殿の空気が合わなくて」 「お前はそりゃあ問題児だったけどさぁ~消えるにしても便りくらい寄越せ薄情者ぉ」 「悪い。迷惑かけた」  それを言われると反論のしようがない。  冒険者になりたいと思ってからは一人でこっそりと準備をしたし、脱走さながらの転職だったから神殿どころか教会にすらしばらく近付けなかった。  そんな自分からの連絡なんか届いたとしても迷惑だろうと思っていたけれど……確かに、家族同然の相手に対して取る態度としては薄情すぎたかもしれない。 「んで、ちゃんとやってんのかぁ? 仲間は?」 「二人パーティ組んでる。相棒は工房に行ってて、オレは情報収集係」 「……ふぅん。まぁ……ちゃんと人付き合いできてるなら、いいけどさぁ」  いつもイチェストが居ると丸投げしていたから耳が痛い。正直なところ今もリレイ以外とは大して話してないけれど。何となく、それは言い出せなかった。  ハーファが消えた時のゴタゴタについて説教を黙って聞き続けていると、すっきりした顔のイチェストが機嫌良く葡萄ジュースを注文した。どうやら気が済んだらしい。  ようやく口を挟む隙ができて、ここぞとばかりに疑問を口にする。 「んで、イチェストはここで何してんだ? 任務で来たんじゃねぇのか」 「神殿の探索を手伝ってくれる魔術師を探しに来たんだ」  何でまた。  神殿には市井の魔術師にあたる光色(こうしき)と呼ばれる神官兵が居る。使う術式こそ違うものの、使う力の源は同じだと聞いた記憶がある。  わざわざギルドで魔術師を探す必要は無さそうなものだけれど。 「光色を連れて来なかったのか?」  「同行してた奴が要塞の防衛任務に取られたんだよ」 「要塞か。盾は人数要らないもんな」  イチェストは盾と呼ばれる神官兵だ。  仲間の援護や守護をする技術に優れた守備特化型で、調査任務や野外の戦闘任務に追従している事が多い。  だけど魔物との戦闘用に出来た要塞には盾の使うスキルと同じ機能があるから、魔物を撃退する技術に秀でた神官兵が求められる。 「そーいう事。だから冒険者に頼もうと思ったんだけど……神殿関係だって言うと、やっぱ避けられるな」 「仕方ねぇだろ。後でどんな難癖つけられるか分かんねぇし」  神殿の任務は基本的に、神官兵とその関係者で遂行される。だからよその人間を入れる前提じゃないし、入れるにしても色々な制約を設ける事が多い。  その最たるものが。 「難癖じゃありませーん。守秘義務の説明と箝口令でーす」    任務で知り得た事を軽々しく口外してはならない。  同行した神官達の情報を、同意なく他者に漏らしてはならない。    神殿からの依頼にはそんな前提が設けられている。酒の肴に武勇伝や冒険譚を語りたい冒険者からはこの上なく評判の悪い、陰気なルール。 「ってことは、門前払いだったんだな」 「うう、そうだよ悪いかよ……」  葡萄ジュースのジョッキを置いて、イチェストは大きな溜息をついた。  本当は、ギルドに依頼をして適性な冒険者を見繕って貰うのが一番いい。けれど神官兵がギルドに何か依頼をしようとすると、神殿の許可を得ないといけない。  その決裁を待ってたら間に合わないって言いながら、昔の上官はギルドに細々とした依頼をこっそりかけてたけれど。さすがに神殿へ連れてく冒険者の派遣依頼は厳しいだろう。冒険者を連れて神殿に入れば、ギルドに事実関係の調査が入る可能性が高い。そうなればギルドは事実を回答せざるをえなくなる。  ――冒険者が嫌がる神殿からの依頼。  リレイは嫌がるだろうか。けれど神殿の探索、それも魔術師の力が必要なクセのある場所。観察好きな相棒なら、もしかしたら。 「アテがあるかもしれない」  そう呟いたハーファの顔を、イチェストは胡乱な目でじっと見た。

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