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16.依頼

 困り事を解決できそうだというのに、どうしてそんな顔をするのだろう。    不思議に思っているとすぐ、その答えがイチェストの口から出てきた。 「お前が? 大神殿で浮きまくって俺の後ろにくっついてたお前が?」 「いちいち昔の話出すな!」  つまり、お前にそんな知り合いが居るのかよと言いたい訳だ。そりゃ以前のハーファはつるむ相手が決まりきっていたし、今もリレイとの二人パーティしか組めていないけれど。  真剣な顔で黒歴史を掘り返してくるイチェストをひと睨みし、注文しておいた普通の酒をグイッとあおる。 「オレの相棒が魔術師なんだよ」 「なるほど、そういう事か。でもレベルも熟練度も必要だぞ」  何せ神殿の古い術式だからな、と意味もなく得意げにイチェストは笑う。一体どんな相棒を想像しているのやら。  でも、きっと相棒に文句は出ないはずだ。何せその実力には階級章という確たる裏打ちあるのだから。 「黒札じゃ不足か」  案の定、それを聞いたイチェストの目が丸くなった。  神殿は魔術師の養成や認定にも関わっていて、その階級制度についても司祭や神官兵と共通の部分がある。魔術師の中では具体的にどうか分からないけれど、神殿で黒い階級章を持っているのは上級神官の一歩手前に居る人間だ。 「な、なんでそんなのが二人パーティなんだよ」 「組むにはちょっと人を選ぶ感じ」 「……あー、似た者同士か」 「うっせぇ。でも魔力量すげぇよ。今まで【眼】で見た奴らで一番だった」  ハーファ自身の能力を根拠にちらつかせると、イチェストの顔がまた少し興味を持った様に見えた。  とはいえ見えるのは魔力の強弱や量くらいだけれど。  ここまで一緒に行動してきて、その強さは分かっている。魔術を駆使して敵の間合いの外から一方的に掃討する闘い方は見た事がないし、その辺の人間に真似できるものではないだろうというのも想像がつく。 「術の扱いも上手いから熟練度高いと思う。属性を掛け合わせた魔術も使ってたし、魔術師なのに治癒術たくさん覚えてるし。色んな事知ってて頼りになるし」  ……ひとつ語り出すと、止まらなかった。  一人でやっていくしかないと腹を括った時に手を差し伸べてくれた相棒。同類でもないのにハーファの能力を見抜いた貴重な存在。変なところも多いけど、頼りになる存在なのは間違いなくて。 「んあー、分かった分かった。じゃあダメ元でお願いしてみるかな」 「ん。変わったもん見ると目の色変わるから、受けて貰えると思う。何だかんだ面倒見いいし。それに――」  ついつい口が軽くなって、言葉が踊る。  話に飽きたらしいイチェストがダンジョンの話を振ってくるまで、延々と相棒の話を続けてしまったのだった。  昔の話はあまり振り返りたくないけれど、やっぱり知り合いと話していると盛り上がるもので。回った酔いも手伝い、何だか楽しくなってきた。 「あ、リレイ!」  昔の馬鹿話に盛大な花を咲かせていると、相棒の姿が入り口に見えた。  ハーファ達に気付いたリレイはカウンターの方へやってくる。見慣れない奴が居るからだろうか、その顔は少し固い。流暢に情報収集する姿ばかり見ているけれど、目的がない時は意外と人見知りするのだろうか。  ひとまず説明をしなければ。 「なあ、コイツと近くの遺跡に潜りたいんだ」  そう言った瞬間、目の前の相棒は中途半端な微笑みを浮かべたまま固まった。  もしかして神殿の依頼だと察したんだろうか。他の冒険者の様に面倒事だと身構えられてしまったのかもしれない。慌てて興味を引こうと口を開きかける。  けれどそれよりも、向こうの言葉が早かった。 「分かった。行ってくるといい」 「何言ってんだよ、リレイも一緒に決まってんだろ」  パーティを組んでから、一緒に行動をするのが当たり前だったのに。初めて手を離すような事を言われたハーファに少しだけ動揺が走る。  ……もしかして、今のパーティを解散するつもりだと思われたんだろうか。リレイに相談もせずに話を進めようとしたから。    説明の仕方を間違えたかもしれない。イチェストの事を先に説明しないといけなかった。 「知り合いなんだろう? 邪魔をしては悪い」  ちらりとイチェストを見て微笑む顔はいつもの相棒。けれどその声音に少しだけ距離を感じて、じわじわと気持ちがさざめいてくる。 「アイツが探してんのは魔術師なんだ。リレイが居ないと意味がない」  それでも相棒は応えない。  いつもなら何か言ってくれるのに。己は関わりないと言わんばかりに曖昧な気配の微笑みを浮かべている。  ちりちりと焦りが積もり始めた。いっそ恐怖に近いかもしれない。最近はリレイと居るのか当たり前になってしまって、気を抜いて甘えてばかりだという自覚があったから。 「ハーファ、仲間にそんな無理強いダメだ。俺は他探すから……」  イチェストとしては気遣いの言葉だったんだろう。  けれど動揺していたハーファはその言葉で逆に血が昇ってしまった。 「馬鹿言え! 他探したってリレイより凄い魔術師なんか居ねぇよ!!」  ハーファの大声に、ぴしっとその場の空気が凍りつく。周囲の視線が一斉にこちらを向いて、ピリピリとした空気が漂ってきた。 「……ハーファ……声がデカすぎる……」  リレイがそう呟くと同時に、その後ろの何人かが杖を持つ。どうやら周りの顰蹙を買ったらしい。  こういう所がダメなのである。余計なことばかりして、迷惑をかけて。周囲どころな仲間のはずのパーティも怒らせてしまう行動が。 「分かった。その依頼、受けてやるからさっさとここを出るぞ」  そう言い放ったリレイは弁解しようと焦るハーファの手を掴む。イチェストを伴って酒場から逃げるように外へ転がり出た。     町外れの広場に駆け込んで、ようやくリレイの足が止まる。きょろきょろと周りを見回して、ほっとひとつ溜息をこぼしたようで。  ベンチに腰を下ろしたリレイを追いかけて隣に腰掛けると、流れるようにべしっと頭をはたかれた。 「全く……酒場のど真ん中であんな事叫ぶ奴があるか」 「だって、本当の事なんだ。リレイが一番魔力強かった。討伐パーティの奴らよりずっと」  ただの身内贔屓なんかじゃない。実際に【眼】を通して見ても一番の魔力だったのだから。  じっと見つめるとリレイは困った様に笑う。わしゃわしゃと髪を掻き回されたと思えば、ゆっくりと撫でるような動きに変わった。  さっきまで気を揉んでいたせいだろうか。その手の感触が心地よくて。もっと撫でてくれと言わんばかりに頭を傾けていた。  子供かと一瞬我に返るけれど、その手は変わらず頭を撫でている。優しい手付きに波立っていた気持ちがゆっくりと落ち着いていく。 「気持ちは嬉しいが、魔力だけが魔術師の強さじゃないんだ。あそこの魔術師は他人を活かす術を心得ている」  ぽつりと聞こえた言葉の意味がいまいち理解できなくて、思わずリレイの顔を覗き込んだ。 「長いことソロで居た魔術師にはおいそれと習得できないんだよ、あいつらの魔術は」 「でも……それでもリレイが一番だと思う。リレイに魔術当てられたことなんか無いし」  リレイの魔術はいつも見事なタイミングでハーファを避けて魔物へ攻撃している。確かにその軌道がスレスレだったりする事はあるけれど、戦闘中に狙いが外れる事はよくある事。しかし結果として当たった事は一度もない。  他の魔術師に負けてる要素なんてどこにも見つからないのに。それでもリレイは自分を認めない。    ……相棒にも何かあるんだろうか。神殿の頃をあまり思い出したくない自分のように。  そうは思ったけれど、これ以上何か聞くのは憚られた。 「でも、受けてくれてよかった」  話を切り替えると流石にわざとらしかったのか、リレイが少し苦笑する。 「神殿の仕事だから敬遠されてたらしくて」  勢いで押し切った手前、これだけでも御の字だ。  声をかけた冒険者にフラれ続けたイチェストも、ようやく果たすべき任務に戻れる。神殿を抜け出した時の罪滅ぼしも出来たというもの。  一人満足しながら相棒を見ると、その顔がまた中途半端な所で止まっていて。 「は? 神殿?」  戸惑ったような顔が、真っ直ぐにハーファを見た。そこに丁度イチェストが歩いてきて。 「あれ、言ってなかったっけ」  言ってから、気付いた。  そういえばダンジョンへ潜りたいって事しか言ってなかった気がする。リレイの反応に気を取られてしまって、一緒に行く奴がどんな人間かも説明していなかった。 「コイツはイチェスト。神官兵してた時の同期」  少し離れて立ち止まっていた昔馴染みを指さすと、何故か数歩後ろへ下がる。 「相変わらずいきなり来るな!? あ、えと、グレイズ教団第四守護部隊所属、イチェスト・スフェイです」  少しハーファを睨みながらも、イチェストは相変わらず堅苦しい自己紹介をする。礼儀正しく深い礼をする姿を、本当に外面は真面目だよなと思いながら見守るのだった。

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