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17.彼の事情
ひとまず、イチェストが道中で押し負けて買わされたらしい飲み物に口をつけることにした。
騒がせた詫びにと渡されたのはフルーツが入った果実水。酒を飲んでたせいか、ひんやりした水分がすっと染み込んでいく。気付けばひと瓶を一気に飲み干していた。
「ええと……俺は魔術師のリレイだ。しかし何故神殿の人間がギルドに依頼を?」
口火を切ったリレイに、それが……と少し気まずそうな顔のイチェストは応える。
「神殿所管のダンジョン深層に潜るには魔術師が必要なのですが、連れてきた光色 の神官兵が近くの戦闘応援に駆り出されてしまって」
そんな話を聞きながら相棒は軽く相槌を打つ。
光色なんて言われても意味が分からなさそうなものだけれど、リレイには普通に通じたらしい。さすが知識職。本当に何でも知っている。
「お前は呼ばれなかったのか?」
「うっ。要塞防衛なので、盾の神官兵は駐屯部隊で手が足りていると言われてしまい……」
しょぼくれるイチェストに、なるほどと相槌を打つ声が聞こえてきた。
静かに話を聞いてくれる姿勢のせいだろうか、よく見ると昔馴染みはどことなくホッとしたような表情を浮かべている。他の奴らから余程取りつく島もない対応をされていたらしい。
「侵入者の情報もあるので放っておけなくて、意を決してギルドに来たんですけど」
「祝勝杯だーっていきなり樽酒ぶっかけられてた」
イチェストは真面目なしっかり者だけれど、肝心なところで抜けている……というか、運が悪い。人当たりもいいから何かにつけて巻き込まれているし。何故か巻き込まれる位置にいつも居るのだ。
「あれはキツかった……神殿だと行事の時しか飲まないんで……」
酒は強くないんですよと、イチェストは苦笑した。
「ハーファが冒険者から渡された酒を代わりに飲んでとりなしてくれて、魔術師探してるって話したら相棒なら間違いないって言い始めて」
「ちょっ!」
苦笑するような顔がリレイを見た。話の流れとその視線に、何となくその意味を察して話に割って入る。
けれどその意図はとっくに伝わっていたらしい。リレイがはっとした表情になってしまった。
「……まさか」
「いかに貴方が凄いかって話を延々と……」
ほろ酔いで機嫌よく捲し立てていた事をぶちまけられ、じとりとした相棒の視線がハーファを見る。あまり自分を認めなたがらないリレイにとっては恥ずかしかったのか、その頬は少し赤い。
嗚呼まただ、と頭のどこかが溜め息をつく。また仲間の嫌がる事をしてしまっている。
「し、してない! そんなのしてないから!!」
反射的に否定するけれど、そんな誤魔化しは通じなかった。その視線は完全にハーファが嘘をついているだろうと言っている。
見透かされているとおりなだけに、それ以上の反論を投げることは出来なくて。低く唸りながら視線を外すのがやっとだった。
「…………すまない、色々と」
「いえ……あいつ大体急に走り出すんで……」
慣れてます、なんて。
いかにも以前からハーファの尻拭いをしているという雰囲気を出しながら、昔馴染みは遠い目をする。
……まぁ確かに、間違ってはないけれど。何もリレイの前で言わなくてもいいじゃないかと恨まずには居られなかった。
「こいつすぐ暴走するし、能力の調節上手くないじゃないですか。神殿でもまぁ色々とやらかしては怒られてて」
「おいコラやめろ! 余計な事言うな!!」
口にして止まらなくなったのか、人の黒歴史をリレイにまで話そうとするイチェストを黙らせようと飛びかかる。
けれど焦った行動は読まれていたらしい。あっさりとかわされた上に、腕を抱え込まれたと思った次の瞬間には関節技までキメられて。流れるような動きに悲鳴すら出なかった。ただ口を塞ごうとしただけなのに、本当にえげつない。
「急に神官兵やめて心配してたんですけど、ちゃんと生きててよかった」
何となく、良い話で終わらせようとしてるけれど。
……脇固めしながら言う台詞じゃないだろ、それは!!
「では、明日はよろしくお願いします」
夕食をとった食堂の前で、イチェストは改めてそう声をかけてきた。
「宿は取っているのか?」
微笑みを浮かべて振り返ったリレイはそんな事を言う。一緒の宿に止まろうと言いたそうな言葉を。
最初は人見知りして固い顔してたくせに。食事をして打ち解けたのか、すっかり仲の良い友達みたいな雰囲気が漂っている。
「元々教会で世話になる手筈になっているので、そちらに」
「そうか。じゃあ、またギルドで」
「はい」
深々と一礼をして去っていく後ろ姿を見送って、ハーファ達も歩き出す。
ちらりと横を盗み見ると相棒は機嫌良さそうに歩いていた。ハーファの話を肴にイチェストと盛り上がって、楽しそうに笑って。あんな笑顔で話す姿は初めて見たかもしれない。
「イチェストの依頼なんか受けんじゃなかった」
もやもやとした気持ちが膨らんで、気付けば口がそうこぼしていた。
再会した時は物凄く嬉しかったのに。話してて楽しかったのに。困ってるなら力になりたいと思ったのに。
なんだか相棒を取られてしまったような気持ちになって、もやもやする。
むすりと唇を尖らせるハーファに、リレイは小さく笑った。
「お前が受けたいと言ったんだろう? いいじゃないか、気の置けない仲間で」
「リレイが乗り気なのおかしいだろ! 最初渋い顔してたくせに!」
そんな事もあったなと笑いながら、リレイの視線がふっと宙を見る。
……イチェストと話す方が、楽しそうに見えた。リレイはハーファの相棒なのに。ハーファを置いてけぼりにして、二人でいつもより盛り上がっていた。
「なにせ面白い話が向こう一年分くらい聞けたからな」
その一言で更にハーファの眉間でシワが寄る。
確かに神殿とは合わなかったって話しはした。だけど詳しい内容まで知られたくなかったのに。
あの野郎は遠慮する気配もなく全部ぶちまけていった。観察対象をからかうネタを手に入れたリレイの顔はにんまりと微笑んでいる。
「あんな話さっさと忘れろ!」
そうは言っても、効くはずもない。
一瞬だけ人でなしの顔になった相棒は、きらきらと輝くような笑顔を浮かべて。
「一番の上官相手にお前が何で一番上なんだって問い詰めて、説教代わりに一発KOされたんだったか」
「忘れてくれよぉーっ!!」
喚くハーファをにやにやとしながら見つめて、それはもう楽しそうな顔を浮かべながらハーファの黒歴史を次々と口にする。時々声を上げて笑うほど、新たに仕入れた過去話はツボに入ってしまったらしかった。
しばらく歩いていても一向に止まる気配がなくて、まさしく実験動物をからかって遊ぶ人でなし。宿に戻ってようやくそれは止まったけれど。
イチェストには友人みたいな接し方をしていたのに、ハーファに対する接し方との差は一体何なのか。
つらつらと考えたところで答えが出るはずもなく。釈然としない気持ちを抱えたまま布団に潜り込んだのだった。
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