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01 初めて
「千明くんはいつも笑顔だね」
「千明くんはいつも優しいね」
近所に住んでいるおばさん達にそう言われると、母はとても嬉しそうにしながら俺の頭を撫でてくれた。
いい子にしていたら、母は喜んでくれる。
仕事が忙しい父は、基本的に家に居ることは少なくて母が一人で俺を育ててくれた。
殆ど帰って来ない父に不信感を抱いて、母に質問したのは小学校の低学年の頃。
転勤が多い業種なので、単身赴任をしていると知ったのはその時だった。
『お父さんが頑張ってくれてるから、こうやって幸せに暮らせるんだよ』と言われると、俺も父を誇りに思う事が出来た。
(俺もお母さんみたいにいつも笑顔で、相手の事を立てる事が出来る優しい人になりたい)
そう思って、母みたいに振る舞うようになると、今まで以上に周りには人が集まり、中学生の頃にはクラスで一番に匹敵する程に人気者になった。
「私、千明のこと大好き!」
「俺も大好きー!」
本心か分からなくても、そう言ってもらえると自分も母みたいな人になれたんじゃないかと思えて、自分の事が凄く好きになれた。
しかし、高校生になった頃、少しずつ自分の考えを変えていく"出会い"があった。
「望月くんってすごい格好良いよね」
「ご両親、二人ともお医者さんみたいだよ」
「だからあんなに頭いいんだね!」
クラスの女子達が騒ぐ人物と同じクラスになった事で、俺の心は少しずつ変わっていった。
(確かに望月くん、凄い格好良いな)
誰かに話しかけられてもクールに返し、誰ともつるんでいないのに人気者。
それなのに俺は愛想を振り撒いて振り撒いて、他人ファースト。自分のスタイルを貫きながらも人気がある望月くんの事が、とても羨ましかった。
(…俺も、一人で居たい時もあるけど、周りには友達が来てくれるから無下に出来ないし)
一度そう思うと、今まで大切で堪らなかった友人との時間が『一人で居たい』と願う時間に変わっていった。
「また明日なー、千明!」
「まったなーん!」
委員会があって放課後一人の時が、唯一の癒しの時間。友人に笑顔で手を振って委員会の仕事をすると、ふと頭に過ぎる疑問。
(俺、何でこんなに気を遣って生きてるんだろう)
最初は母を喜ばせたくて、今はみんなを喜ばせたくて。母みたいにみんなに愛される人になりたくて、誰かに尽くして。
(…あれ。この生き方、合ってんの?)
一度そう思うと自分の心が分からなくなって。不満が募りに募って『何か』を発散したい自分が居た。
そんなある日、たまたまクラスの男子が回し読みしていたセクシーな雑誌が手元にやってきた。
「千明にはまだ早いかな?」
「俺この子がタイプ」
「俺は貧乳派だからこっちの子」
「あーー抜きてぇ」
「……」
初めてする下ネタに顔が熱くなった。
「千明、顔赤い。…可愛い」
「だ、だってこういう雑誌見た事ないし」
「え、一人でオナニーとかもまだ?」
「し、してない…家には母親居るし…」
「一回やってみ?ちょーー気持ち良いから」
「そうそう。風呂場とかトイレでさぁ」
揶揄われながらも、その雑誌を託された俺は、少しいけない事をしている錯覚に陥りとても刺激的に感じた。
(何この気持ち。ドキドキする)
教師にバレないように机に仕舞ったが、中身が気になって仕方ない。
「じゃーねん、千明ぃ」
「まった明日ー!」
「また明日ね」
委員があると嘘をついて、俺は雑誌をカバンに入れたまま人気のない準備室に向かい、恐る恐る雑誌を開いてみた。
水着姿のスタイルのいい女性が表紙だったのでてっきり中身も同じだと思っていたが、ペラペラめくっていくにつれて水着すら身に付けていない女性が写っていた。
「……──っ」
あまりの衝撃にパタンと雑誌を閉じると、シンと静まり返る準備室でドッドッと激しく心臓が動く音だけが響いた。
『オナニー、ちょーー気持ち良いよ?』
友人のその言葉に好奇心が芽生え、ゆっくりとズボンの中へ手を入れた。
「…っは、…ぁ」
自分の部屋があるとはいえ、家でそんな事すると汚らわしい気がして出来なかった自慰行為。目を閉じて手を動かすと、あまりの気持ち良さに小さな声が漏れた。
(みんな、オナニーとかしてるんだ…じゃあ別に、変じゃないよね…)
湿った下着の中はぐっしょりと濡れ、微かな水音が響いた。
「ぁ……っ、…」
気持ち良い。でもここでイッたらまずい。
知識はあるのでイクと汚れるのも知っている。空いている手でカバンの中にあるポケットティッシュを取り出すと、後ろで小さく物音がした。
「!」
バッと勢い良く音のした方を振り向くと、そこにはクラスメイトの望月くんが立っていた。
「へぇ。みんなの人気者の瀬野くんが学校でオナニーしてるんだ?」
「……っ!」
普段仏頂面な顔からは見たことのない、いやらしく笑う顔。その瞬間、一気に血の気が引いた。
「見て?…お前が一人でしてる所、よく撮れてんでしょ?」
見せられたスマホには、俺がズボンへ手を突っ込んでいる写真が写っていた。明らかにオナニーしてるのが丸分かりの顔。
「……も、望月、くん。あの…俺、」
「これ、誰にも見られたくないよな?じゃあどうしたらいいか、分かる?」
ドンっと冷たい床に押し倒され、望月くんが覆い被さってきた。
「俺も溜まってんだよね。──折角だし、気持ち良くしてよ」
固まって動けない俺を不敵な笑みで見下ろす望月くんの顔は、とても魅力的で。こんな状況なのに、胸がドキドキした。
「…ひッ、ぁ…ッ」
首筋に顔を埋めた望月くんは、カプリと俺の首を軽く噛んだ。その刺激にビクッと体が跳ねるも、押し除けたいとは思えない。
「はぁ……ぁ、あっ」
甘噛みされた後はゆっくりと首筋に舌を這わされ、初めての刺激にゾクゾクとした何かが体を駆け巡る。
「も、ちづき…くッ」
「随分反応初々しいじゃん。まさか初めて?」
「あ、当たり前、じゃん…」
「男にも女にもモテモテで、挙句学校でオナッてたくせに笑える。ま、初めてなら優しくしてやるよ」
ベルトを外されると、下着までに辿り着く時間は一瞬だった。床に寝転んだまま、下は全て剥がされた俺は濡れて震える股間を望月くんの前で晒す事になった。
「ぁ…っ、やめ…ッ」
「抵抗していいの?お前の恥ずかしい写真、俺が持ってんだよ?」
そう言われると抵抗出来なくて。俺は羞恥に足を震わせながら望月くんを見上げた。
いつも碌に声も出さないで、誰とも喋ってない望月くんが俺だけを見て、俺に向かって話してくれてる。それが何だか優越感で。
「何?余裕そうだな」
学年カラーの赤の上履きスリッパを脱ぐと、俺の股間に足を置いた。
「ひあっ!」
グリグリと股間を踏ん付けたまま動く足に背中がのけ反ると、数秒持たない内に初めての射精を経験した。
「はっや。すげー出たね。こんだけ出りゃローションなんて要らなそうだな」
「な、に…?うそ…ッ!何、すんのっ」
俺の出した精液を拭った指は、あろう事か尻に突っ込まれた。
「ああああ!」
「痛い?」
「い、痛くはっ、ないけど……そこ、入れる所じゃない!!」
「痛くないならいいや」
圧迫感が苦しくて息を止めて必死に耐えていると、指が増えて中を掻き回された。
「ッ、ぐ……ぅ、ぅァッ……あ"、」
「お前の処女、もらうね」
その言葉が聞こえると、指が引き抜かれてそれ以上に太い何かが俺を貫いた。
◇ ◆
初めてオナニーをした日に、セックスまで体験する事になろうとは。指を抜かれた後に入れられたのは望月くんのモノだった。
何も考えられないくらいの強い快感と苦しさに、今までの悩みなんてぶっ飛ぶ程に『ヨカッタ』。
俺の事は放置しているが、自分の身なりを整えた望月くんは動けない俺を見てクスッと笑うと、そのまま準備室を出て行こうとした。
──その瞬間、痛くて動くのが辛かったはずなのに体は俊敏に動いて望月くんの足にしがみついた。
「…何?」
「も、ちづきくん……っ、気持ち良かった…!」
「は?」
「何でもする……!何でもするからっ、だから…また、俺のこと、抱いてほしい……」
自分でもあり得ないとは思うが、実際に思った事を口にすると、望月くんの貴重な驚き顔が見れた。
「……ねぇ、連絡先……教えて欲しい」
初めて自ら口にした言葉。いつもはみんなから聞いてくれたから自分で聞いた事はない。寧ろ、連絡先を交換してしまえば返事をする時とか色々悩んでしまうので苦手だったし、欲しいとも思わなかった。
「別にいいけど、お前から連絡してくんなよ。うざいから」
その言葉も俺にとっては新鮮で。ハッキリと言えるその言動がとても格好良いと思えた。
嫌そうにしながらも交換してくれた望月くんは、しがみついた俺を軽く払うと準備室を出ていった。
クタリと力尽きた俺は、新しく追加された望月くんの名前を見て、とても幸せを感じた。
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