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第9話

 ガスコンロの点火の音で目を覚ました。いつのまにか眠ってしまったらしい。  浬はベッドに頭を乗せていたせいか、背中から腰にかけてこり固まっている。身体を起こすと毛布が落ちた。  「起きたか」  背後から声をかけられ振り返ると、キッチンから羽場が顔を覗かせていた。まだ赤らんでいるがだいぶ顔色はよくなっている。  「ごめん、僕まで寝ちゃったみたい」  「別に」  「熱は下がった?」  「だいぶ楽になった」  羽場は土鍋を鍋敷きが用意されていたテーブルに置いた。真っ白い米に梅干しと卵が入っている。羽場はおかゆを取り分け、 浬の前に小皿を置いた。  米の甘い香りに浬のお腹がぐうと鳴り、そういえば夕飯を食べ損ねていたことを思い出す。  慌ててお腹を押さえると羽場は口元を綻ばせた。  「食っていいぞ」  「いいの?」  「おまえが買ってきたやつだからな」  「ありがとう。いただきます!」  熱々のおかゆが口の中でとろりと溶け、梅干しの塩気を卵が調和してくれる。おかゆ特有のまどろっこしさもなく、空腹ということもありいくらでも食べられそうだ。  「これ少し手を加えた?」  「鶏ガラスープを入れた」  「羽場くんは料理もできるんだね」  「こんなこと誰にでもできるだろ」  つっけんどんな言い方だったが、羽場の顔は薄っすらと赤い。  二人で張り合うように食べ、あっという間に鍋の中身は空っぽになった。  (よかった。食欲もあって)  安心したら涙が滲んできた。突然泣き出した浬に羽場は目を剥く。  「お腹いっぱいになったら涙出てきちゃった」  次から次へと溢れる涙を羽場の長い指が掬い取ってくれた。皮膚を傷つけないよう慎重な動きで、一つまた一つと掬ってくれる。  黒曜石の瞳は星のようにやさしくて、目が合うだけで心臓の裏を撫でられたように落ち着かない。  「……藍谷がいてくれて助かったのは事実だ」  羽場は一言呟いて黙ってしまう。秒針の音が虚しく響く。  「藍谷は、俺が怖くはないのか?」  「怖い?」  「ずっと睨んでただろ」  「やっぱり僕の勘違いじゃなかったんだ」  そう返すと羽場は罰が悪そうに俯いた。後ろめたいと思うのは彼がやさしい人間だからだろう。  「怖かったよ。でもなんか放っておけなくて」  浬の言葉に羽場は顔をあげた。黒曜石の瞳は浬を見ているようで、どこか遠くに思いを馳せているように感じられた。  「西藤さんに聞いた。点字を勉強してるんだろ」    「でも難しくてあまり進んでない」  「教えてやろうか」  「いいの?」  「借りは返す主義なんだ」  「ありがとう、楽しみにしてる」  浬が笑顔で返すと羽場は「調子狂うな」と頭を掻いた。

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