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第15話

 夏休みに入ると大学がない分、毎日のようにサークルがあった。 忙しくなればなるほど考える時間もなく、疲れた体は家に帰るとすぐに睡眠を求めた。  羽場との距離感は掴めないまま、会話が続かないことが多かった。泣いてしまった気まずさと図星を突かれたいたたまれない気持ちが地層のように重なって羽場との間に立ち塞 がる。  そんな浬たちの間を取り持つつもりで西藤はレストランを予約しくれたのだろう。  「ここか」  スマートフォンで地図を見ながら歩いていた羽場が脚を止めて左側の建物を見上げた。  入口には「暗闇レストランにお越しの方は三階です」と紙が貼ってある。浬と羽場は待っていたエレベーターに乗って三階に向かうとスーツの男が恭しくお辞儀をしてくれた。  「いらっしゃいませ。暗闇レストランへようこそ」  「予約をした西藤です」  「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」  男は浬たちを隣の椅子に座らせた。  「当レストランの趣旨はご存じですか?」  浬と羽場は顔を見合わせて曖昧に頷いた。 予約をしてくれた西藤からは詳しい話を訊いていない。  「暗闇レストランとは視覚障害者を理解するために始められた活動です。参加者様にはアイマスクを装着していただき、疑似的に全盲となってもらいながら食事をしていただきます」  二人は袋に入った新品のアイマスクを手渡され、つけるように促された。  「まだ席についてないのに付けるんですか?」  「早く暗闇に慣れていただくためです。もちろんお席まで私が手を繋いでご案内しますので、ご安心ください」  男は満面の笑みを浮かべてくれ、浬の緊張が少しだけ和らいだ。 アイマスクをつけると視界が真っ暗になり、 どくんと心臓が大きく跳ねる。けれどそれは一回だけですぐに元に戻った。  緊張していたせいだろうか。  「ではお席までご案内します」  男は浬の手を掴み、導かれるままに一歩踏み出すが、なぜか目の前に壁があるような気配を感じ、へっぴり腰になってしまう。  「障害物や段差はないので大丈夫ですよ」  「すいません」  「そんなに怖がるなよ」  羽場の声が突き放しているように聞こえ、表情が見えないから余計に冷たく感じてしまう。  「 左手をあげろ」  「どうして?」  「いいから」  羽場の方へ手を差し出すと指先が触れ、大きな手のひらに包まれた。温かくて心地よい体温が伝わってくる。  「仲がいいんですね」  男に揶揄われ頬が熱をもつ。  (顔を見られなくてよかった)   二人に手を繋いで貰いながら進むと一段声がと大きく響いた。どうやら会場に着いたらしい。  「お二人の席はこちらになります」  椅子が床を擦る音のあとに肩を抱かれて座らせて貰う。向かいの席に羽場も座ったようだ。  「支配人がベルで合図したら料理を召しあがってください。私はそばで待機しておりますので、なにかあったら遠慮なく仰ってください」  ろうそくの火が風に吹かれたように男の気配が消えた。   意識を周りに集中させる。  談笑する声が一つの音となっているのに会話がよく聞こえた。 会社のこと、学校のこと、恋人のこととありふれた日常会話が飛び交っている。  肉を焼いた匂いやスパイスのような香りもしている。調理場が近いのだろうか。じゅうじゅう焼ける音も聞こえてくる。  視覚を奪われた分、他の神経に先を尖らせて無意識に周りを窺う。だがそれは数分も持 たないですぐに疲れてしまい、浬のは背もたれに身体を預けた。

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