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最終話 今のキミは

「はーい、薫次。やらかしたねえ。選択肢間違えたんじゃない? ほら見て、君の体ぐっちゃぐちゃ。どうする? 俺がまた体を作り変えてあげようか?」  真っ白な雪の世界に、真っ白な髪と肌のハクトがいた。ルビー色の目を輝かせて、あの日と同じように煌めく笑顔で覗いている。 「てめー、よくもそんな風に笑ってられるな」 「だってー、俺言っただろう? この結末を選んだのは薫次だよ。俺を恨まないで!」  そう言われると返す言葉もなく、言葉を飲み込むしかなくなってしまった。そして、俺は目の前にいるこいつが、俺のダメなところも全て知っている、唯一無二の存在なのだということに気がついた。  何も取り繕わなくても俺を求め、俺を幸せにしようとしてくれる。ハクトに出会う前も出会った後も誰ともうまくやれなかった俺にとっては、こいつの存在はかけがえのないものなのではないかと思わされた。 「なあ、俺このままハクトといたい。それでもいいんだろ? あの日はそう言ってたよな?」  するとハクトはこれまでで一番明るく輝く笑顔を見せながら答えた。 「いいよー。でも、本当にそれでいいの? もう生まれ変われないよ? 思い残すことは?」 「無い、無いよ。だから、ずっと俺のそばにいて。お前のそばに俺を置いてて」  ハクトはその言葉を聞くと、鋭い牙をのぞかせながらニヤリと笑った。 「……薫次が望むなら、喜んで」  ハクトはそう言って、俺を抱きしめた。そして、「今はもう死んでるから、今回はこのまま。契約のためにキスするからね」と言って唇を寄せてきた。 「……契約?」  神様と契約をするとは、あまり聞く話では無いような気がして、俺は一瞬戸惑った。そして、ハクトの方へと視線を向けると、白銀の世界に浮かんでいたルビーの瞳は、口付けを交わす頃にはエメラルドのようなグリーンに変わっていた。 「んっ……ふあ、ン」  角度を変えて深く交わると、さらに紫がかって見える部分も出て来る。それはまるで、アレキサンドライトのような不思議な色だった。俺がそうして瞳の色に夢中になっていると、ハクトは俺の首にさっき見えた長くて鋭利な犬歯をつぷりと突き立てた。 「っあ! 痛い……えっ?」  首もとに、僅かな痛みと熱感がじわじわと湧いて来る。ハクトはそこからジュルリと音を立てて血を吸い上げ、ゴクンと喉を鳴らして飲み込む。そして、うっとりとした笑みを浮かべ、俺を抱き竦めた。 「あーやっと、やっっっっっと仮契約完了ー。さあ、地獄の果てまでついてきてもらうからね、薫次! 愛してるよ!」  目の前には、漆黒で長い髪と同じく漆黒の小さな羽を生やした美しい男がいた。長いまつ毛が伏目がちな目の周りを囲んでいる。その姿は、神というよりは悪魔、とりわけインキュバスに近いものがあった。 「ちょ、っと。え、俺もしかして、悪魔に騙されてたってオチ?」  狼狽えて青ざめていく俺を見て、ハクトは夢見るように微笑み、そしてゆっくりと被りを振った。 「ううん。俺はハクト。人間の願いを叶えながら、亡くなるまで見守るんだ。でも、神でも悪魔でも仏でも無いんだよ。普通は大人しく人間のために力を尽くすんだ。でも、俺、ずーっと前に薫次に一目惚れしちゃって。俺にも叶えられそうな願いを持ってたから、叶えてあげたいなって思って。でもまあ、うまくいかないだろうなってわかってたけどね。えへ、ごめんねー!」 「え? ……う、うまくいかないってわかってた?」  ハクトが神でも悪魔でも無いということにも驚いたが、それよりも、体を変えたところでうまくいかないとわかってたと言われたことに動揺した。  きっと側から見たら分かりきっていたことなんだろう。そう思うと、それに気がつけなかった自分の幼稚さに、途端に羞恥が湧き上がってしまう。 「さて、薫次はどうして体が入れ替わってもうまくいかないのかはわかったんだよね?」 「一応……。体が変われば、それまでの人生とは起きることも変わる。何事もうまくいき始めてチヤホヤされた俺が、以前のままの精神性を保てなくなってしまったから、だろ? つまり……」 「体が強くなったら、弱かった時のことを忘れちゃった。簡単に言うと調子に乗っちゃったよね。多分、体が弱かった最初の人生でもそのうちそうなってたと思うよ。そうならないように、君は虚弱に生まれついたんだ。今の自分があるのには、それなりに意味があるんだよ。そのことに気がついて欲しかったみたいだよ、神様は」  神の優しさに気がつことができず、結局ダメなルートを直走ってしまったようだ。ここへ来てようやく理解したけれど、それではもう遅い。 「やっぱりそうか……。最初も体のせいにしてただけなんだよな。自分に原因があるって思って考えの幅を広げれば、もっと色々とうまくやれたかも知れないってことだろう? 神様の思いを踏み躙ったわけか……それは申し訳ないし、ちょっと怖いな」 「大丈夫だよー。もうそれ関係無いから。愚かな薫次くんは、これから俺のパートナーになります。神様も俺たちの世界までは関わってこないんだ。というわけで、キミは永遠を手に入れたんだよ。よろしくね」  そう言って、ハクトはまた明るくて煌びやかな笑顔を見せた。 (了)

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