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第16話 今なら
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チルカモーショナが五人体制に変わって半年が経った頃、条野からアルバムを発表するように言われた。その話は俺たちとしては大歓迎ではあったのだが、耀・隼也・純の三人にとっては、かなりのプレッシャーとなったようだ。毎日ブースから真っ青な顔をして出てくる姿を見るようになっていた。
三人でチルカをやっていた時には、ヒットらしいヒットが出ておらず、その事で曲作りに対する自信を失ってしまったらしい。
ただ、商業音楽がヒットしなかったのであれば、それはメンバーだけの責任ではなく、プロデューサーやディレクターが彼らの魅力を引き出すことが出来なかったことにも原因はあるはずだと俺は思っている。
特にプロデューサーである条野は、昔から色田に色々と嘘を吹き込んでは、バンド内の不仲を引き起こし、それを楽しんでいるようなところがあった。
何故なのかはわからないのだが、条野は特に俺に対しての嫌悪が酷いらしく、俺が色田をクビにしたがっているというデマを吹き込んでは、それに怒った色田と共謀して嫌がらせをしてばかりいた。正直なところ、色田の俺への妬みのほとんどは、条野に吹き込まれた話が元になっているようなものだった。
その嫌がらせというものは、俺にだけ大事な連絡が伝えなかったり、マイクや楽器を壊したり、レコーディング中の飲み物に強い酸性のものを混ぜたりと、およそ音楽を生業にしている人間とは思えないようなものだった。
そうして一つのバンドを壊しておきながら、自分の傀儡だけで成り立つものへと作り変えようとしたが、当然そんな事は上手くいかない。その後、条野は稼げる他のバンドへと興味を移し、中途半端な状態で放置されたチルカは迷走するしかなくなった。
メンバー同士が連絡を取り合うことで、自分のしてきた事が発覚するのを恐れた条野は、もっともらしい理由をつけて俺たちに接触禁止を言い渡していたらしい。
「条野さんは、自分の過去の栄光を何よりも大切にしています。それを素直に崇めてくれた色田さんが可愛くて、自分を知りもしなかった隼人さんが憎かったようなんです。しかもそれをおくびにも出さずにいたので、誰も気がつけませんでした。色田さんだけは知っていたみたいで、再結成の際に私に教えて下さったんです」
半年前の再結成の際に、過去の問題点を洗い始めた仁木さんが、調査結果を俺たちに話してくれた。
「以前は巧妙に隠していたようなのですけれど、もはや求心力を失って久しいので、皆すぐに話してくれました。聞いていると、なんだか哀れでしたよ」
条野の身勝手な行動に振り回されていたバンドが、この一年あまりに複数解散してしまったため、その勝手な振る舞いはもう看過出来なくなっているのだという。
「再生チルカは、出来れば条野さんからは離したかったのですが、私の力が及びませんでした……。申し訳ありません」
仁木さんは、そう言って俺たちを相手に土下座して謝罪した。
「仁木さん、あなたは悪くないじゃないですか。あの頃の俺たちがあいつの言いなりだったのって、俺たちがコミュニケーション不足だったことも大きな原因なんですよ。それに、俺がいたらヒットするんでしょう? じゃあ心配しないで任せてください。五人がそれぞれが制作して、アレンジラフまでやります。あとは五人で話し合いながらまとめて、条野には最終確認だけ求めれば大丈夫でしょう? 俺も社会人経験積んで来ましたし、うまくやれるように頑張りますよ」
俺がそう声をかけながら仁木さんの手を引くと、彼は涙の光る目を俺たちに向けながら、「そうですね、あなた方は以前とは違うんでした」と言い、自分に言い聞かせるようにうんうんと口に出しながら、何度も頷いた。
「作った曲がヒットしなかったって言ってもさ、条野さんがリリースの許可を出したんでしょう? だったら、あの人も責任を感じてないといけないはずですよね。父さんならそうだと思います。でも、あの人からは全然そんな感じはしなかった。それだけで人となりが分かっちゃった気がしてびっくりしました。本当にあんな人いるんですね」
現役の大学生である孝哉は、真っ黒に汚れた条野のような大人をまだあまり見たことが無いのだろう。大きな目が溢れそうなほどにその瞼を開き、それと同じくらいに口をポカンと開けて呆れていた。
「そうだよな? そう思うのが普通だよ。でもそんな風に思わない条野みたいな人種も、現実にいるんだよなあ。お前は汚れるなよー」
耀がそう言って、孝哉の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「ちょっと! 耀さん、やめてよ……最近静電気起きやすくて困ってるんだから」
そう言って、耀の手を止めようとして孝哉が必死にて抵抗していると、その隙をついて純と色田が手を伸ばした。プラチナブロンドとキャンディブルーのグラデーションに変えられた髪色は、三人の男の手でぐちゃぐちゃになってしまった。
「孝哉、不良になっちゃったよねえ。青髪綺麗だよねー」
「これ、痛くなかったのか? ベースの色、真っ白だろう? それに、こんなに綺麗な青だと、お前学校で目立ちすぎて大変じゃないか?」
「今は顔を覚えてもらうために仕方ないって言われて……痛っ! ほらあ、絡まってるから止めてくださいってば!」
孝哉は、まるで蝿を払うかのように手を振り回した。それでも三人は、楽しそうに孝哉を構い続けている。まるで長年一緒にいる友人同士であるかのように、楽しそうに笑い合う三人を見ていると、俺はなんとなく親のような気分になっていた。気がつくと顔が緩み、ニヤニヤと笑いが漏れてしまう。ずっと夢見ていた関係性が出来上がった事に胸が詰まり、永遠にそれを堪能していたい気分になっていた。
「隼人さん、まるで子供を見守るお父さんのようですよ」
仁木さんはそう言って、俺と同じように目を細めていた。俺の気持ちを読まれたようで少し気恥ずかしくなったけれど、目の前の光景が愛おしすぎて、思わず
「そんな気分ですから、間違ってないですね」
と肯定してしまった。彼はまさか俺がそんな回答をするとはるとは思っていなかったようで、一瞬驚いて動きを止めたあと、ふっと吹き出して大きなこえで笑い始めた。
「あっはっは。隼人さん、あなたはまだ二十五歳ですよね。でも今の顔……。そうとは思えないほどの貫禄が身につきましたね」
破顔する仁木さんを見ていると、俺の胸の奥はさらに詰まるように痛んでいった。ここに至るまでの彼の苦悩を思うと、鼻も僅かにツンと痛み始める。こっそりとそれを誤魔化して、なんでも無い顔を装った。
「まあね。俺だって割と苦労してきたんですよ、これでも。というかね、一般の会社勤めに比べると、音楽業界にいる人間はどこかしら若く見えるもんなんですよ。だから、仁木さんの目が若見えの人に慣れてるだけです。俺は年相応なはずです」
そう言って俺が戯けて怒ったふりをすれば、それを見て仁木さんはまた楽しそうに「それは失礼しました」と言いながら笑い始めた。
そして、ひとしきり笑った後に、ふっと懐かしむような表情を浮かべ、
「これほど柔らかい空気の醸し出せるメンバーでしたら、今度はうまくやっていけるでしょうね」
と呟いた。俺はそれに大きく一つ頷いて、
「俺もそう思います。もし気持ちがすれ違ったとしても、今のバランスならきっとうまく解決できると思うんです。誰かの心がささくれても、今ならそれを癒せる奴が必ずいると思いますから」
と答えた。
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