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29. 治験について ①
二回目の入院は、一回目の入院よりは短く済んだけど、肩の治療が終わるまでは、通院をするように言われた。
オメガフェロモン値については、蒼人 が側にいるおかげで安定している。
退院してすぐ、蒼人が参加している治験施設に行き話を聞いた。
施設長の説明によると、以前はフェロモン事故でアルファが襲ったとしても、立場の弱いオメガが泣き寝入りすることがほとんどだった。
それだけではなく、不慮の事故と見せかけて、わざとオメガを襲うアルファまでいた。
それでもアルファ至上主義の歴史をたどってきた法律では、アルファが罰せられることはないに等しかった。
近年では、アルファがオメガに唆されたりする、いわゆるヒートトラップなども横行していた。
オメガを守ると言う意味だけでなく、意図せず犯罪に巻き込まれてしまうアルファを減らすため、オメガの抑制剤だけではなく、アルファ用のフェロモン抵抗薬の開発が急がれていた。
抵抗薬が全く無かったわけではないのだが、アルファ至上主義は未だ根強く、自主的に抵抗薬を飲むアルファは少なかった。
そこで秘密裏に『アルファ用のフェロモン抵抗薬』の治験者が募集されていて、その結果を用いた上で、新たな法整備をしようとしていた。
今回の治験の概要をざっくり説明されると、それ以降は蒼人が話すことになった。
バースに関するデリケートな話なので、他人よりも番あるいは番候補から話を聞いたほうが、安心して聞けるだろうという配慮だった。
治験施設内にある、中庭に出た。そこに設置されている椅子とテーブルが有る場所を見つけ、二人並んで座った。
頼んだレモンティーが届き受け取ったあと、蒼人は話を始めた。
「蒼人は、その治験に参加していたのか」
「誰でも良いわけでなく、色々と検査をしたうえで、可否が判定される」
「じゃあ、おれは無理なんじゃ……?」
事故とは言え、最近でも二回入院している。
それに、アルファ用のフェロモン抵抗薬ってことは、治験対象はもちろんアルファだろうし。
「始めは採取されたフェロモンを元に、合成された偽フェロモンで実験が行われるけど、最終的には……ヒート中のオメガのフェロモンで実験する予定らしいんだ……」
「えっ……」
考えてみたら、当然のことだろう。
なのにおれは、ヒート中の知らないオメガに蒼人が近づくのかと思ったら、一瞬頭が真っ白になる。
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