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4. 小さな離島
僕たちは、卒業を待たずして、学校をやめ家を出た。
お母さんは『借金はどうにかするから、婚約は破棄にして、あなた達は別れなさい』と言ったけど、僕は頑なに拒んだ。
僕が星司 くんのそばを離れたら、誰が支えるの? 誰が見守るの? このまま放っておけるわけがない。
でも一番の理由は、僕が星司くんのことを好きだから、離れたくないだけ。婚約したばかりの時に不透明だったこの感情は、今ははっきりとした輪郭をもっている。
由比くんが僕たちを訴えないでいてくれたおかげで、すべての責任は『八重製薬 』社長である、星司くんのお父様の独断によるものだったということになった。その責任を取って、社長の座を降りている。
その処分も、『八重製薬グループ』会長のおじい様が裏で色々と手を回し、一切表沙汰にはなっていないらしい。新聞やテレビなどでその関連が報道されることは、その後もなかった。
おじい様は、星司くんを社長に就任させようとしたみたいだけど、自分のしてきたことの重大さに気付いた星司くんは、黙って家を出た。もちろん僕は星司くんのそばを離れたくなかったから、お母さんのところへ帰れという星司くんの言うことは聞かず、一緒に行く道を選んだ。
◇
僕たちが移住地に選んだのは、本土から離れた小さな離島だった。
漁業も盛んで、農地もあり、基本的には自給自足で生活をしている町だった。その他には、週に一度程度、本土から荷物が届く。
町の人達は、訳ありの僕たちを詮索することはなく、若い人たちが来てくれたわぁと、大歓迎で迎え入れてくれた。
移住してきてから、五年の月日が流れていた。
ここでの生活に慣れた頃、僕たちは家族になるために籍を入れた。町の人達がお祝いで小さなパーティーを開いてくれたのが、僕たちの結婚式だ。ささやかながらも、幸せに満ち溢れていた。
夫夫 になった僕達は、子どものことをたくさん話し合った。罪にはならなくてもあんなことをしてしまった僕たちに、これ以上幸せになる権利はあるのかと。結婚して二人が夫夫になれただけでも十分ではないかと。
けど、僕は子どもが欲しかった。星司くんと僕の愛の結晶がこの世に誕生すると考えただけで、幸せな気持ちになれる。それは星司くんも同じだと言った。
それから僕たちは子どもを望んだ。けれど、ここに来るまでストレスが多い生活をしていたからなのか、罪悪感のせいでホルモンバランスが崩れているのか、なかなか子宝に恵まれることはなかった。
「ただいま。……月歌 ? 調子でも悪いのか?」
仕事から帰ってきた星司くんの心配そうな声で、僕は目が覚めた。
気付いたら、いつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。
「あっ、おかえりなさい。あれっ、僕いつの間に寝ちゃったんだろう……」
目をこすりながら体を起こすと、僕の膝には編みかけのセーターが落ちていた。
「んー、なんか最近すごく眠くて。夜たくさん寝ても、昼間眠くなっちゃうんだ。……ごめんね、今から夕飯の支度するね」
よいしょっと立ち上がろうとした僕に「いいよ、そのまま座っていて」と言うと、代わりに台所へと向かった。
「体調が悪いなら、うーん、うどんにする? リゾットがいいかな」
星司くんは、本当になんでもできる人だ。料理洗濯家事全般もお手の物。こんなにすごい人が僕の旦那様だなんて、いまだに信じられない。
「あ! リゾット食べたい! トマトジュースがあるから、トマトリゾットがいいな」
代わりに作ってくれると言うのに、リクエストをしてしまう僕。えへへと言いながら、トマトジュースを取りに行こうと立ち上がったら、ふらりとめまいが襲ってきて、慌ててしゃがみ込んだ。
「月歌!?」
「大丈夫、ちょっと目眩がしただけ」
慌ててやっていた星司くんの差し出した手を取り立ち上がると、パチパチとまばたきをしてみた。もう目眩はしないようだ。
「うーん、今日は食べないで休もうかな。……ごめんね、星司くん。今日は先に寝るよ」
「わかった。部屋まで一緒に行くから。大丈夫か? 肩貸そうか?」
「大丈夫。代わりに手を繋いでほしいな」
「うん。ほら」
星司くんの差し出した手を掴むと、ゆっくりと歩き出した。
過剰に心配する星司くんを見て、こんなに心配してもらえて嬉しいなと思い、「ありがとう」と手を握り返した。
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