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12. 我が子に会わせたい

 麻琴(まこと)くんたちが来てから、三十分もしないうちに星司(せいじ)くんと雪夜(ゆきや)は帰宅した。  ここの離島の気候はとても温暖で、一年を通してとても過ごしやすく、雪が降るほどの冷え込みはない。  けれど比較的過ごしやすいこの地でも、正月の冬真っ只中ということで、日中でも頬に当たる風は冷たかった。特に今日は風が強いせいか、星司くんと雪夜の頬はほのかに赤く染まり、鼻も少し赤くなっていた。 「ただいま。ああ、ふたりとも来ていたんだね。いらっしゃい。待たせてしまったかな」 「こんにちは。お邪魔しています。来たばかりなので大丈夫」  麻琴くんは、星司くんへの挨拶もそこそこに、星司くんの腕に抱かれている雪夜が気になっているようだった。全身でワクワクしている様子が伝わってくる。  その様子は星司くんにも伝わったようで、くすくすっと笑うと「抱っこしてみる?」と、手招きをした。  そこからしばらく、僕たちは雪夜の話を中心に、最近の出来事など色々と話をした。  その間も、麻琴くんはずっと雪夜を抱っこしたままで、僕たちとの話半分で、ひたすら「可愛いな可愛いな」と言って雪夜を優しく撫でていた。  不思議なことに、目を覚まして知らない人に抱かれていることに気付いた雪夜だったけど、目をパチパチっとしただけで、またすやすやと眠りについた。  もしかしたら雪夜も、麻琴くんの癒やしオーラに包まれているのが心地よいと感じたのかもしれない。  そんなのんびりとした空気が流れる中、蒼人(あおと)くんが、少し話しづらそうに声をかけてきた。 「もし、嫌ならはっきり断ってもいいと、俺は思ってるんだけど……」 「どうしたの?」  蒼人くんが、そんな煮えきらないような言い方をするのは珍しいな? と思いながら言葉の続きを待つと、ふぅと一呼吸置いたあと、蒼人くんは言葉を続けた。 「会長……、星司のおじい様が、会いたいとおっしゃっているんだ」 「え……」 「おじい様が……」  僕と星司くんは、息を呑んで顔を見合わせた。  八重製薬グループ企業のプロジェクトだとわかった時点で、星司くんのおじい様には、僕たちの居場所は伝わっているのだろうということは想像していた。それでも何も言ってこなかったので、僕たちをすでに見放しているのか、もしかしたひそかに見守っていてくれたのか、どちらなのかは判断しかねていた。  そんな時にこのタイミングで会いたいと言ってきたのは、どういう意図があってのことだろうか。星司くんも僕も、返答に困り言葉をつまらせていると、蒼人くんが一通の手紙を差し出してきた。 「これは、会長から預かってきた手紙なんだ」 「手紙……」  星司くんは困惑した様子で、その手紙を受け取った。 「……わざわざありがとう。今夜ゆっくり手紙を読んでから、どうするか考えることにするよ」 「友達としてお祝いに来たのに、なんか、ごめんね。もし嫌なら、おれたちからちゃんと会長に伝えるから」  麻琴くんは申し訳無さそうにそう言うと、何かを感じ取ったのか、雪夜が「ふぇぇぇ」と泣き出した。  きっと物言えない赤ちゃんでも、この空気は伝わってしまうのかもしれない。  僕は麻琴くんから雪夜を受け取ると、よしよしとなだめながら体を揺らした。 「……本音を言うとね、この子……雪夜に会って欲しいという思いはあるんだけど……」  雪夜をなだめながら、僕は心のうちに秘めていた本音をポツリと漏らした。 「でも、逃げるように出てきちゃったから、合わせる顔がないなって。……麻琴くんたちとも、こんな偶然がなかったら、会えずにいたと思うんだ。だけど、まだ友達でいたいと言ってもらえて、すごく幸せで」  僕は一度星司くんをちらりと見てから、再び話し始めた。 「もし、星司くんのおじい様の方から会いたいと言ってくださるのなら、せめて電話で声だけでもって……。星司くんは……どう思うのかわからないけど……」  だんだん尻すぼみになりながら、そこまで言うと、そのまま口をつぐんでしまった。  僕は星司くんと結婚して家族になったとはいえ、これは星司くんとおじい様の問題だ。僕が一番に口を挟むべき問題ではないのはわかっている。でも、僕は雪夜の親として、おじい様にひ孫の顔を見せてあげたいと思ってしまうんだ。

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