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11. お祝い
あれから、オメガの保護施設建設の話は、トントン拍子に進んでいった。反対する人もいたけれど、概ね手応えは良好で、町長さんも町民たちも、蒼人 くんと麻琴 くんたちを好意的に受け入れていた。
もちろん、プロジェクトリーダーの人柄だけではなく、保護施設建設というプロジェクトを立ち上げた経緯や思いなど、多くの人々から共感を得られた。その熱い思いは、希少な第二の性を持つ二人だからこそ、重みのあるものなのかもしれない。
スムーズに事は進み、そろそろ工事が着工される頃らしい。
……らしいというのは、今は僕が、町長さんたちのそばで話を聞くことのできる状態じゃないから。
「ふぇ……っ」
僕の腕の中ですやすやと眠っていた我が子が、猫のような鳴き声をあげた。
やっと寝付いたと思ったのに、また起きてしまった。これではいつまでたっても布団に下ろすことは出来ない。
「はぁ……。寝不足だよぉ……」
誰もいないから、ちょっと愚痴をこぼしてしまった。でも、ふにゃふにゃの我が子は、どれだけ眺めていても飽きない。可愛くて仕方がない。
僕は、九月の末に、早めの帝王切開で男の子を無事出産した。
男オメガは母体に負担がかかりすぎるため、早めの帝王切開で赤ちゃんを取り出すのが一般的と説明され、準備をしてきた。幸いにも大きなトラブルもなく、待ち望んだ我が子をこの腕に抱くことができた。
けれど早期出産のため、本来の予定日頃まで保育器のお世話になっていた。そしてやっと、11月のはじめに退院し、慣れない育児に寝不足の日々が続いている。
「キミは、寝るのと泣くのが仕事だもんねぇ。仕方がないよね」
ふふふっと笑うと、マシュマロみたいに柔らかいほっぺをつんつんとつつくと、「ふにゃっ」と声を出した。そして、またむにゃむにゃ言いながら、夢の世界へ戻っていった。
僕も一緒に眠りの世界に誘われたい……なんて思いながら、大きなあくびをひとつ、ふたつ、みっつ。繰り返すあくびのせいで、目元には涙が溜まっていた。
◇
「お邪魔しまーっす」
「こら、静かに。赤ちゃん寝てたらどうするんだ?」
「あ、そうだよね。ごめん」
一発目に元気の良い声が聞こえたあと、たしなめるような声がして、その後はボソボソとなにか小声でやり取りしているらしいけど、話の内容までは聞き取れなかった。
「いらっしゃい。大丈夫だよ、今は起きているから」
「よかったぁ! こんにちは!」
玄関先まで迎えに行った星司くんの声で、一度ボリュームの下げられた声が元通りの音量になっていた。
そして、程なくして部屋のドアが開けられた。
「月歌 くん、こんにちは!」
「お邪魔します」
相変わらず元気の良い麻琴くんと、落ち着いた雰囲気の蒼人くんが顔を出した。
産後半年ほどたってから、ゆっくり会いに来るよと言ってくれたんだけど、僕は早く会いたかったし、我が子を是非見てほしかったから、出産から三ヶ月ほど過ぎた、ちょうどお正月のタイミングで我が家に招くことになった。
「まだ育児に慣れないだろ? 大丈夫? 押しかけちゃって」
「出産おめでとうございます。これ、お祝いです」
麻琴くんが僕の体の心配をしてくれる横で、蒼人くんは丁寧にお祝いの言葉とプレゼントを渡してくれた。
「蒼人くん、ご丁寧にありがとうございます。……麻琴くん、町長さん夫妻を始め、町の皆さんが手伝ってくれるから、大丈夫だよ」
差し出されたプレゼントを受け取りながら、僕は座布団を差し出して座るように促した。
「そろそろ星司 くんと雪夜 が、お散歩から帰ってくる頃だと思うんだけど……」
雪夜というのは、僕たちの子の名前。お腹の子が男の子だとわかった時に、二人とも同じ景色を思い出していたんだ。
逃げるように家を出てきてしまった僕たちは、隠れるようにひっそりとこの町に移り住んだ。
町の人達が、お祝いで小さなパーティーを開いてくれたのが僕たちの結婚式で、それだけでも十分嬉しかったのに、二人で行っておいでと新婚旅行をプレゼントしてもらった。
その旅行先で、冬の空から雪が舞い降りる景色が驚くほど綺麗で、とても印象深かった。だから『雪夜』にしようねって二人で決めたんだ。
「雪夜くんって、とても素敵な名前だよね。早く会いたいな」
麻琴くんは、本当に楽しみといった様子で、会えるのを待ちわびてくれているようだった。
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