139 / 144

02 相談

 実習初日以来、凛太郎(りんたろう)は何もアクションを起こしてこない。  なんならあれはオレが見た変な夢で、凛太郎との関係は実習生と指導係、それ以上でもそれ以下でもない。    ……もし本当にそうだったら、どんなに気が楽だったか。  けれど、あの日の言葉も、抱きしめられたぬくもりも、どうしても消えない。  1ヶ月たった今も、忘れようとしても、ふとした瞬間に思い出してしまう  忘れたふりをして普通に接しているけど、心のどこかでずっと引っかかっていて、そんな自分に戸惑っていた。  凛太郎は、今まで春岡クリニックにやってきた実習生の誰よりも優秀だった。  求められること以上にこなすし、さりげない気遣いもできる。  その上、爽やかアイドル系イケメンで、背も高いしスタイルもいい。  どこにでもいるベータのオレにとっては、羨ましい限りだ。  そんな、非の打ちどころのないような男が、なんでオレにあんな態度を取ったのか。  今さら問いただすこともできず、心の奥底にモヤモヤを抱えたまま、ただ日々を過ごしていた。 ◇  数日後、ひとりでモヤモヤを抱えたところでどうにもならないと思い、友人2人を呼び出した。 「……というわけなんだ」  オレは麻琴(まこと)からの質問攻めを交わしながら、蒼人(あおと)にことの成り行きを話した。  2人セットだから、麻琴も同席しているが、正直相談相手としては期待していない。酷い話だと思うけど、仕方がないんだ。  蒼人はオレの話を一通り聞くと、「なるほどな」と呟いてうーんと唸った。  その隣で、同じようにうーんと何やら考え込んでいた麻琴が、「あ、そうだ!」と言って、ポンと手を打った。 「ねぇ、蒼人。春岡先生のところに来てる実習生ってさぁ…」 「実習の時期だからな。あちこちの総合病院や個人院には、実習生がたくさんだろ」 「うん、そうだねぇ。そうだよねぇ。もしかしたらって思ったけど、違うかぁ」  目の前の2人のやり取りに、オレは首をかしげた。  何やら意味ありげな会話にも聞こえるが、でも麻琴の言うことだから、きっと大したことはないんだと思う。  現に、蒼人は普通の反応を返している。もしここで何かあるのなら、多少は慌てたりするだろう。 「太陽(たいよう)も大変だな、自分の仕事に加えて実習生の面倒まで見てるんだから。その上……」 「まぁな」  蒼人が言いかけた言葉に、オレは苦笑した。  うん。初対面のはずの実習生に、いきなり告られたんだもんな。大変と言わずしてなんと言うのだろう。 「でも、あいつが、優秀なやつであることには間違いないよ」 「そうか。……まぁ、頑張れよ」 「ああ」  蒼人が労いの言葉をかけてくれる横で、麻琴は再び目をキラキラと輝かせた。 「太陽がそう言うなんて、おれ、会ってみたいなぁ!」 「タイミングが合えばな」  オレは、社交辞令みたいな返事で、話を濁した。  だって麻琴には「タイミングが合えば」なんて言ったけど、勤務先に来ている実習生を、どのタイミングで紹介するって言うんだ。  可能性があるとすれば、麻琴が春岡クリニックを受診する時くらいか? でもそんな仕事中に、紹介なんてできるわけないし。  だからおそらく、麻琴の願いは叶わない。オレは、それでいいと思ってるけどな。 「話戻すけどさ、こういう時、オレどういった態度取ればいいと思う? 今までこんな経験ないし、わけわかんなくてさー」  まだ事情を話しただけで、なんの解決にもなっていない本題に話を戻した。  その直後に、麻琴が首を捻りながら、蒼人の顔を見てからオレの顔を見た。 「ねえ、なんで本人に聞かないの? 太陽から聞けばいいじゃん!」  蒼人の膝の上に乗ったまま、身を乗り出した麻琴は言った。  まっすぐオレを見つめる瞳は、なんでそんな簡単なことに気付かないの? とでも言っているような気がした。 「太陽は聞けないから、俺たちに相談してるんだろ」  蒼人は当然のことのようにさらりと言うと、前のめりになっていた麻琴をぐっと引き寄せ、膝の上にしっかり座り直させた。 「えー。そんなの、太陽らしくないじゃん!」  麻琴が抗議するように口を尖らせて言うと、蒼人は「たしかに」と、ボソッと呟いた。 「だろー? ハッキリ聞いて、スッキリしちゃえばいいよ!」  名案を言ったとばかりに、ニコニコご満悦な麻琴は、ワクワクした様子でオレが口を開くのを待っていた。  止めてくれると思っていた蒼人までも、「たしかに」と同意してしまったものだから、麻琴を止めるものはこの場からいなくなってしまった。  麻琴には、1ミリも他意がないのは分かっている。  生まれたその瞬間から蒼人がそばにいて、守られ生きてきた。蒼人だけじゃなく、麻琴の周りは驚くほど過保護で、オレも例外ではない。  そんな風に生きてきた麻琴は、ほんと純粋で、無垢で、素直すぎる。時々心配になるくらいだ。  まぁ、蒼人がそばにいるから、変なやつは寄ってこないだろうけどな。  オレは思わずそんな場面を想像して、ひとり心の中で肩をすくめた。 「麻琴が言うほど、簡単なことではない。でも間違ってはいないと思う。相手の行動からして、冗談とは思えない」 「そうか、蒼人も冗談とは思わないか」 「もし冗談なら、もっとうまくやると思う」 「冗談なら、もっとうまくやる、か」  オレは、実習初日の、凛太郎のあの真剣な眼差しを思い出していた。 「それだけストレートに思いをぶつけて来たのなら、太陽もしっかりと話を聞いて、それから自分の気持ちと向き合うべきじゃないか?」 「そう、だな……」  蒼人の言葉に、オレは天を仰いでため息をついた。

ともだちにシェアしよう!