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02 相談
実習初日以来、凛太郎 は何もアクションを起こしてこない。
なんならあれはオレが見た変な夢で、凛太郎との関係は実習生と指導係、それ以上でもそれ以下でもない。
……もし本当にそうだったら、どんなに気が楽だったか。
けれど、あの日の言葉も、抱きしめられたぬくもりも、どうしても消えない。
1ヶ月たった今も、忘れようとしても、ふとした瞬間に思い出してしまう
忘れたふりをして普通に接しているけど、心のどこかでずっと引っかかっていて、そんな自分に戸惑っていた。
凛太郎は、今まで春岡クリニックにやってきた実習生の誰よりも優秀だった。
求められること以上にこなすし、さりげない気遣いもできる。
その上、爽やかアイドル系イケメンで、背も高いしスタイルもいい。
どこにでもいるベータのオレにとっては、羨ましい限りだ。
そんな、非の打ちどころのないような男が、なんでオレにあんな態度を取ったのか。
今さら問いただすこともできず、心の奥底にモヤモヤを抱えたまま、ただ日々を過ごしていた。
◇
数日後、ひとりでモヤモヤを抱えたところでどうにもならないと思い、友人2人を呼び出した。
「……というわけなんだ」
オレは麻琴 からの質問攻めを交わしながら、蒼人 にことの成り行きを話した。
2人セットだから、麻琴も同席しているが、正直相談相手としては期待していない。酷い話だと思うけど、仕方がないんだ。
蒼人はオレの話を一通り聞くと、「なるほどな」と呟いてうーんと唸った。
その隣で、同じようにうーんと何やら考え込んでいた麻琴が、「あ、そうだ!」と言って、ポンと手を打った。
「ねぇ、蒼人。春岡先生のところに来てる実習生ってさぁ…」
「実習の時期だからな。あちこちの総合病院や個人院には、実習生がたくさんだろ」
「うん、そうだねぇ。そうだよねぇ。もしかしたらって思ったけど、違うかぁ」
目の前の2人のやり取りに、オレは首をかしげた。
何やら意味ありげな会話にも聞こえるが、でも麻琴の言うことだから、きっと大したことはないんだと思う。
現に、蒼人は普通の反応を返している。もしここで何かあるのなら、多少は慌てたりするだろう。
「太陽 も大変だな、自分の仕事に加えて実習生の面倒まで見てるんだから。その上……」
「まぁな」
蒼人が言いかけた言葉に、オレは苦笑した。
うん。初対面のはずの実習生に、いきなり告られたんだもんな。大変と言わずしてなんと言うのだろう。
「でも、あいつが、優秀なやつであることには間違いないよ」
「そうか。……まぁ、頑張れよ」
「ああ」
蒼人が労いの言葉をかけてくれる横で、麻琴は再び目をキラキラと輝かせた。
「太陽がそう言うなんて、おれ、会ってみたいなぁ!」
「タイミングが合えばな」
オレは、社交辞令みたいな返事で、話を濁した。
だって麻琴には「タイミングが合えば」なんて言ったけど、勤務先に来ている実習生を、どのタイミングで紹介するって言うんだ。
可能性があるとすれば、麻琴が春岡クリニックを受診する時くらいか? でもそんな仕事中に、紹介なんてできるわけないし。
だからおそらく、麻琴の願いは叶わない。オレは、それでいいと思ってるけどな。
「話戻すけどさ、こういう時、オレどういった態度取ればいいと思う? 今までこんな経験ないし、わけわかんなくてさー」
まだ事情を話しただけで、なんの解決にもなっていない本題に話を戻した。
その直後に、麻琴が首を捻りながら、蒼人の顔を見てからオレの顔を見た。
「ねえ、なんで本人に聞かないの? 太陽から聞けばいいじゃん!」
蒼人の膝の上に乗ったまま、身を乗り出した麻琴は言った。
まっすぐオレを見つめる瞳は、なんでそんな簡単なことに気付かないの? とでも言っているような気がした。
「太陽は聞けないから、俺たちに相談してるんだろ」
蒼人は当然のことのようにさらりと言うと、前のめりになっていた麻琴をぐっと引き寄せ、膝の上にしっかり座り直させた。
「えー。そんなの、太陽らしくないじゃん!」
麻琴が抗議するように口を尖らせて言うと、蒼人は「たしかに」と、ボソッと呟いた。
「だろー? ハッキリ聞いて、スッキリしちゃえばいいよ!」
名案を言ったとばかりに、ニコニコご満悦な麻琴は、ワクワクした様子でオレが口を開くのを待っていた。
止めてくれると思っていた蒼人までも、「たしかに」と同意してしまったものだから、麻琴を止めるものはこの場からいなくなってしまった。
麻琴には、1ミリも他意がないのは分かっている。
生まれたその瞬間から蒼人がそばにいて、守られ生きてきた。蒼人だけじゃなく、麻琴の周りは驚くほど過保護で、オレも例外ではない。
そんな風に生きてきた麻琴は、ほんと純粋で、無垢で、素直すぎる。時々心配になるくらいだ。
まぁ、蒼人がそばにいるから、変なやつは寄ってこないだろうけどな。
オレは思わずそんな場面を想像して、ひとり心の中で肩をすくめた。
「麻琴が言うほど、簡単なことではない。でも間違ってはいないと思う。相手の行動からして、冗談とは思えない」
「そうか、蒼人も冗談とは思わないか」
「もし冗談なら、もっとうまくやると思う」
「冗談なら、もっとうまくやる、か」
オレは、実習初日の、凛太郎のあの真剣な眼差しを思い出していた。
「それだけストレートに思いをぶつけて来たのなら、太陽もしっかりと話を聞いて、それから自分の気持ちと向き合うべきじゃないか?」
「そう、だな……」
蒼人の言葉に、オレは天を仰いでため息をついた。
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