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告白

風が吹くたびに、アスファルトに落ちた緑陰が柔らかく揺れた。 重なり合った枝葉の合間を抜けて差し込んでくる日差しは、もう初夏の気配を連れている。 「悠斗さん。」 後ろから声をかけると、くせのないやわらかな茶色い髪がふわりと浮いて、彼が振り返った。 声の主を予想していたのだろう。振り向きざまに視線が重なる。 「都築。」 明るく優しい声が、都築の耳に心地よく響いた。 「おはよう。」 「おはようございます。」  見慣れた笑顔の中にかすかに悲しみが混じっていることを、都築は知っていた。 知っていたからこそ、今日悠斗を呼び出したのだ。 「何?話って。同好会の合宿のこと?」 二人は中等部からずっと部活とは別に折り紙同好会という、あってもなくてもいいような会に所属している。 中等部から大学まで併設されている私立校にかようふたりはこの同好会で知り合った。 この折り紙同好会、発足したのは悠斗の一つ上の学年だ。 よくある部活動に参加したくない生徒たちが、帰宅部の代わりになるものはないかと、数人で作り出したのだった。 こんなわけのわからない同好会がよく承認されたと思うが、歴史のある県内屈指の名門私立校では教師も一癖あり、「なんだか上品で知的な同好会じゃない?」とこれまたよくわからない理由で通ったのだ。 活動曜日はきまっておらず、来れる者がふらっときて適当に折って好きな時間に帰っていく。 その気軽さがいいらしく、ゆるりゆるりと10年続いている。 在籍可能な生徒は中等部から大学までだれでも受け入れていた。 「合宿は今年おれの担当じゃないです。」 「そっか、去年やってたもんな。」 このゆるい同好会を存続させるための唯一の活動として文化祭への出展作品の制作があるが、それはこの学校の敷地内にある宿泊可能施設で行われる。 悠斗の言う合宿はこれを指していた。 もともと頭がよく、何かに集中することが得意な生徒が多かったため意外にも大作ができ、それは教師たちを喜ばせた。 実は今年の幹事に合宿について相談されているので、担当じゃないこともないが、いまここでその話をすると本筋から話が逸れてしまう。 それは避けたかった。どうしても、今日いうと決めてきたのだ。 「じゃあ、何の話だった?」 まっすぐに都築を見つめる目は、何の遠慮も含まれずただただ優しい。 中等部からのよく知る仲の良い後輩に呼び出され、何か相談を受けに来た先輩の目だ。 「好きです。」 直後、濃い茶色の瞳に映る自分の姿が揺らいだのが都築には分った。 一度の瞬きの後、困惑の色を滲ませながら眉間に皴が寄せられる。 「は?」 「好きです。悠斗さんが。」 都築が悠斗を呼び出したのは高等部の学舎裏。 常緑樹に混じって桜の木が植えられており、隣接している市立の公園と校舎は大きな池を挟んでいた。 光を反射させた水面が美しく、木陰もたっぷりとあるこの場所は、ベンチもあり通常生徒がよく行きかう場所だが、季節柄虫の存在を恐れてこの時期はあまり人が近寄らない。 心地よい静けさの中で、空気だけがその質を変えた。 「悠斗さんのことが好きです。というか好きでした。ずっと。」 ずっと、といった後に、一歩悠斗へ近づく。 悠斗を戸惑わせていることが手に取るように分かるのに、それが都築には嬉しかった。 1番気の合う可愛い後輩と思われたいなんて、もうとっくの昔に思わなくなっていたのだ。 「いや、ちょっと待て。え?都築が、おれを?でも・・・おれは男だ、」 「そんなこと、分かってて言ってるに決まってるでしょ。」 「あ、そうだよ・・・な。」 今度は悠斗が一歩後ろへ下がった。見逃さず、また一歩都築も近づく。 「別に男が男を好きでも、悠斗さんは驚かないでしょ?」 「・・・え?」 「だって、柾さんと付き合ってましたよね。」 より一層、悠斗の動揺が広がっていくのが分かった。 瞳はゆらゆらと揺れて、瞬きするたびに色を変える。 最初はうっすらと開かれていた唇が、ぎゅっと結ばれて、またほどかれた。 「なんで・・・」 「なんで?悠斗さんが好きだからです。中等部のころからずっとずっと悠斗さんをみてたからです。だから、柾さんとのことも、すぐに気づきました。」 口に出した瞬間、 都築は自分の胸が締め付けられたのが分かった。 二人が付き合った日のことを、都築は鮮明に思い出せる。 ずっと悠斗を見ていた。 だから、朝二人が並んで登校してきたその見慣れた光景だけで、気づいてしまったのだ。 あの日の心臓が引きちぎられそうになった思いを、今も忘れられない。 けれど諦めず、ずっと思い続けて、悠斗を見続けていたからこそ、また今回も気がついた。 「でも、柾さんとはもう別れましたよね。」 ゆらゆらと揺れる瞳に、悲しみの色が広がる。 ゆっくりと伏せられたまつげが、悠斗の白い肌に影を作った。 まだほんの数日前のことだろう。都築はそれくらい分かっていたが、悠斗の気持ちの整理を待っているつもりはもうなかった。 すでに、7年も待っていたから。 「悠斗さん。好きです。」 何年も知られぬようにとどめていた気持ちが、一度言葉にすると驚くほど簡単に繰り返し口をついた。 首をわずかに傾けて、伏せられている瞼を覗き込むと、気配に気づいて、悠斗も視線を重ねてくる。 「都築、おれ・・・」 「付き合ってほしいとか、まだ言ってません。」 続く言葉を遮って言う。 「そんなのまだ無理だって分かってます。分かってるけど、知ってほしかったから。 知ってくれてそれだけで良いとかいう意味じゃなくて、おれがそういう気持ちで悠斗さんを見てるって思ってこれからは居て欲しいなって。 もう、気持ちを隠したままはやめたいんです。」 悠斗の体が、こわばるように力が入っているのが分かる。その体のどこかしらに触れて引き寄せたい気持ちを、都築は頭の隅で想像するだけで押しとどめた。 「ずっと、もうずっと前から待ってたから。」 枝葉の擦れ合う音がしたのち、遅れて風がおりてきた。 結ばれた唇が開かれるのを待っている。 彼が言うであろう言葉は大方予想がついていて、都築はそんな自分に皮肉を言いたくなった。 だけどもう、こんなチャンスはきっとないだろうということも分かっている。 これがきっと最初で最後だ。 風がまた、二人の間を細く吹き抜けた。

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