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第1話 変化

 ウルが飛び立った後、さくら様が凛華と桃花の眠りが醒めないようにと|呪《まじな》いをかけて下さった。貴人様が戻った後に話し合いをする予定なので、その間は眠っていてもらわないといけなくなったからだ。  陽太に関しては、ヤンが体に入ったことで過去の記憶を共有している部分があるため、話し合いにも参加してもらうことにした。  しばらくして、さくら様と入れ替わった水町とタカトが、みんなの朝食を買いにコンビニへと出かけて行った。  一階のカフェで朝食をとる予定だったのだが、今の状況だと関係ない人まで巻き込みかねない。人が多く集まるところに行くのは、なるべく避けようと四人で話し合って判断した。  綾人も買い出しに行こうとしていたのだが、今後の戦いを考えて体を休めておいた方がいいよとタカトに言われ、それに従うことにした。そのため、体を乗っ取られた後でダメージの残る陽太と二人で、眠る凛華と桃花の見守りをすることになった。  陽太には、綾人が外から見るだけではわかり得ない情報を補足してもらう。  主に確認しないといけないことは、イトが二度目の人生でヤトに敵意を抱いた理由と、なぜ二人は盗みをして生きていくことになったのかと言うこと、ウルの死後のヤンの生活の詳細、特に百合子に唆されて自殺するに至った経緯を教えてもらう。  それと、忘れてはいけないのが、今世の佐々木恵斗が呪玉を使えていた理由についてだ。  呪玉はかなり霊力が高くないと作成することは出来ない物なので、それをただの人間が作成することができ、尚且つ他人に使用させるに至った理由が謎だった。  ただし、ここまでの出来事を振り返ると、そこには全て百合子が絡んでいるのだろうということは、皆何となくわかってはいた。  百合子は何度転生しても利己主義的な考えを改めることがなく、それゆえに孤独を拗らせてどんどん憎悪を募らせているようだった。なぜ百合子は何度も処刑されているにも関わらず、それでも人を不幸にさせようとするのか。そもそもの理由が全く見えていなかった。 「陽太、もう一度確認するね。結構きつい事も思い出さないといけなくなるだろうし、瀬川に知られたくないことも言わないといけなくなるかもしれないけど、大丈夫? 多分、途中ではヤンの記憶を引っ張り出して、それを一緒に見ることになると思うけど、それも覚悟できてる? ヤンは後半かなり乱れた生活を送っていたらしいよ。それを知るのが苦痛なら、眠ってたほうがいいんじゃないかなと思うんだけど」  自分と同じ顔をした人間が乱れた生活をしている様子を、好きな人と一緒に見なければならないのは、陽太にとっては精神的な負担になるだろうと綾人は考えていた。  それに、生き霊になる程に瀬川に執着していた時の自分のことも、話さなければならくなるだろう。それなら、眠った状態で記憶を勝手に見てもらう方が、よほど楽に済む。  それでも、陽太はそれを断り続けていた。全てを受け入れる覚悟を決めたようで、真剣な目を綾人に向けていた。  綾人も、陽太のその目の中にある覚悟が、本気のものであることは十分わかっていた。先ほどの確認は、意思に変わりはないかという最終チェックに他ならない。 「知っておきたいんだな。過去に何があったのか、これから何が起きるのか」 「うん」  ドサっと音を立ててベッドに座った陽太は、手を軽く組んで、その指先をじっと見つめていた。冷静で凪いだ精神の向こう側に、激しく燃える青い炎が踊るような瞳。 「俺は、本当のことを知りたい性格だから」  陽太には、真相を解明して問題を解決へ導きたいという欲が、人一倍強いという自覚がある。自身の置かれている状況には相応しくなさそうな、無邪気な探究心もこの中には含まれていた。客観視することが習慣になっている人間の性なのだろう。 「たとえ忘れることが決まっているとはいえ、一度きちんと全てを知っておきたい。研究っぽい言い方になっちゃうけど、真相の解明をしておきたいなと思ってはいるかな」  そう言って、ウルが飛び立っていった窓の外へと目をやる。  綾人は、「そっか」と言いながら陽太の隣にゆっくりと座った。  ギシッと音を立ててベッドが沈み込む。その反動で、眠っている凛華と桃花の体が揺れた。  深い眠りについている二人は、それでも全く起きる気配が無い。陽太が試しにマットレスをゆらゆらと揺らしてみたのだが、ぐっすりと眠り込んだままだった。 「すごいよね。眠らされるってなんなのって感じ……こんな事、普通じゃ起きないようなことばっかりじゃない? 体を乗っ取られてしまうとか、電撃を操るとかさ。転生とかもそう。理系の俺には一生縁の無い話だと思ってたんだけど。もう理屈で解明しようとか考えもしなくなったよ。これから先の人生に影響出そうで怖いくらい」  眉を下げて苦笑いをしながら、陽太はお手上げのポーズをして見せた。陽太は、あまりそういったふざけ方をするタイプではない。こういう行動だけで、綾人と必死にコミュニケーションを取ろうとしているのがよくわかる。 「あーそっか、俺とタカトって宗教の研究してるから、割と神話とか時には霊能力とかも身近にある話題だったりするけれど、陽太はバリバリの理系だもんな。目に見えるものとか、科学的に説明できるものとかの方が信じやすいんだっけ? そう考えると、お前、よくパニック起こさないな。え、もしかして今パニック起こしてる?」 「ううん、もう起こしてない。最初は起こしてたけど、もうこの状況に慣れた。生き霊になったことのある人間は、並大抵のことじゃ驚かないよ」    陽太が涼しい顔をしてなかなかすごいことをさらっと言ったので、綾人は陽太の肩をバシバシと叩きながら、「お前以外と面白いなー」と笑った。  これまでの陽太の考え方では納得しようもないことが立て続けに起きているにも関わらず、それでもなぜかその全てに折り合いをつけていられる。それはおそらく、記憶の彼方にヤンがいるからなのだろう。  全てが変わって自分を見失ったのではなく、思考の幅が広がったと言う方が適当だ。少なくとも自分はそう思うと、陽太は考えていた。 「結局はさ、同じ事象をどうやって理論づけたかって違いなんだろうなって思っちゃったんだよね。科学で証明するか、その、いわゆる神仏とかで語るかって違い。俺だって最初は信じたくは無かったけど、別に並列で考えればいいだけじゃないかなと思ったんだよ。どちらか一方を盲信するんじゃなくて、どっちも信じるのが一番フラットでいいんじゃないかなって」 「おー、なるほどなあ。確かに、俺だって全てが神様の思し召しとは思ってないし。並列で考えてるかも」  陽太の発想と綾人の発想はスタート地点こそ異なっても、全く混じり合わないわけではない。それでも、理学部にいる成績優秀な優等生と文学部のいたって普通の学生が、サークルでもないところで出会う可能性はかなり低い。  出会わなければ、話し合うことは無い。考えのすり合わせという機会が与えられたこと自体が、自分たちにとっては幸せなことだなと綾人は考えていた。  よく考えてみると、綾人が陽太と二人だけになる機会はこれまで無かった。二人で話したことはあっても、二人だけで過ごしたことが無かったのではないだろうか。  最初の頃なら、二人で過ごすのは数秒が限界だっただろうなと思うと、胸が暖かくなるのを感じた。  ともに過ごした時間が、だんだん人を変えていく。その変化を愛せることもまた幸せなんだということを、二人はこの時改めて実感していた。

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