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第2話 綾人の想い

 陽太は、隣でリラックスしている様子の綾人を見て、ふと疑問に思い続けていたことを訊いてみたくなっていた。 ——今なら訊けるかな……。  これまでは、それをどうしても口にしてはいけない気がしていて訊けずにいた。内容が内容だけに、どういうタイミングで訊けばいいのかもわからなかった。  今は二人だけで話している。聞かれて気まずい思いをする人もいないはずだと思い、意を決して口を開いた。 「ねえ、桂くんさ」 「んー? 何?」  綾人は上半身だけをベッドの上に横たえながら、膝から下を投げ出して天井を見上げていた。綾人はこの格好でベッドに横になるのが結構好きで、家でもこうしてぼーっとしていることが多い。 「その……怖く、ないの? いつもそうやって穏やかにしてるよね。でもさ」  そのリラックスし切った状態で眠くなり始めていた頭を起こしつつ、陽太の質問の意図を汲み取ろうとしていた。そして、ようやく思い当たることに出会したとばかりに、ポンと手を打つ。 「もしかして、あと半年で人生が終わるってこと?」と質問で返すと、「うん、そう。怖く無いの?」と陽太はもう一度同じ質問を繰り返した。綾人はその問いに対して、返答をしようと思うのだが、実はそれに対する答えについては、自分でもよくわかっていなかった。 「怖くはない……のかなあ。いや、怖いんだよ、死なずに済むならその方がいいに決まってるしね。でも、このルートを辿らないと、もっと酷い目にあうのが決まってるらしいから。それよりはマシだろうと思う……というか、そう信じたい。そういう意味では、怖くない」 「えっ? 十九歳で人生が終わるって決まってることよりも、もっと酷い目に遭うって……どうなるの?」 「うーん、このルートを辿らないとなると、何千年と地獄でお勤めしないといけないらしいよ。しかも、結局何をどう頑張っても十九歳で死ぬようになってるんだって。だったらその日までやれることやって、楽しく幸せに生きておきたいなーと思ってるんだよ。それに、こっちの世界から消えた後も、一人になるんじゃなくて貴人様が一緒だし、悪いことばっかりじゃないでしょ」 「地獄でお勤め……それこそ今までだったら笑い飛ばしてると思う。でも今なら納得出来るよ。すごいなあ。こんな短期間で価値観すっかり変わっちゃった」  陽太は自分の変化に驚き、目を丸くしてふるふると震えていた。その表情には僅かに喜びも含まれているように見える。綾人は、陽太自身がそれをいい変化をだと捉えてくれていることを、ほのかに嬉しく思った。 ——陽太と過ごす時間も、随分愛おしくなって来たなあ。  そう考えると、感慨深いものがあった。  前世では、綾人、恵斗、瀬川、陽太の四人は幼馴染だったと貴人様から聞いていた。瀬川は富豪の子で、綾人と恵斗と陽太は、その日生きるのも大変な貧しい家で育っていた。    本来なら、瀬川のような裕福な家庭の子とは接点が無いはずなのだが、そこはやはり子供同士というところなんだろう。身分を越えて、瀬川の家に四人で集まって遊ぶほどに、仲が良かったそうだ。  その四人で過ごした期間に、貴人様はイトとヤトの第二の人生を見守りに来ていた。こっそりと様子を伺いに行っては、幸せそうにしている四人の姿を見て、安心してその場を立ち去ったと言っていた。  綾人は、こうして陽太と二人で並んで座っていると、その時の気持ちが戻ってきているんじゃ無いかと思う瞬間があった。昔からの友人のように、気の置けない会話が出来る事に喜びを感じるからだ。  それでも、今世では瀬川に取り憑いた悪霊と、それを祓った人間という間柄で始まった関係性ではあるし、実際まだ付き合いも短い。過去のそれが根底になければ、こんな風にはなれなかっただろう。  そんな二人が、この短い時間で強い親近感を持つようになっていた。綾人は、せっかくのチャンスだからと、もっと距離を縮めようと息巻いた。 「なあ、陽太。俺のこと綾人って呼ばない? 呼べるんじゃないかなあと思って。だって、俺たち前世で幼馴染だったらしいし」  暗さなど微塵も感じさせない、抜けるような笑顔を向けて、綾人は陽太の肩に手をポンと置いた。陽太はその芯の通った強い笑顔に魅せられて、思わず反射的に綾人の手を握りしめた。 「よ、呼ぶ! 呼びたい! 岳斗のことが岳斗って呼べるまで時間がかかったし、あ、あ、あや……あやと……の、ことも時間かかるかも知れないけど、呼びたい!」  まるで愛の告白を受けているような緊張感が、陽太の手から綾人へと伝わる。陽太はあまり友人を作らないタイプだと桃花がよく言っていた。名前で呼び捨てにすることも、そう有る事では無いらしい。  そんな陽太が、呼び捨てで名を呼び、自分から接触してくるということは、とても深い意味があった。 「よし、じゃあ今から陽太と綾人な。まあ、すぐには言え無くても、後半年間は時間あるから頑張れよ!」  綾人はそう言うと、一際光り輝く笑顔を陽太に向けた。陽太はその笑顔を受けて、やや口元を引き攣らせながら、困ったように笑った。 「ねえ、それなんか怖いから。笑うに笑えないよ」 「あ、本当だな」   「全く……胆力がありすぎるのも、周りがついていけなくて困ったもんだね」  陽太の困惑した顔に「ごめんなー」と答えたタイミングで、綾人のお腹がグーと大きな音を立てた。タカトと水町が出かけて、そろそろ三十分が経つ。その間に、すっかり空腹になってしまった。 「あー腹へったー。もうそろそろ帰ってくるかなー?」 「そうだね。ちょっと遅いくらいかな?」  窓から見える場所にコンビニはあるにも関わらず、二人の戻りの時間が思ったよりも遅くなっていた。遠くへ行くわけでは無いけれども、旅先であることを考えると、ちょっとの体調不良であっても心配になってしまう。  そんなことを考えていると、コンコンとドアがノックされた。二人は鍵を部屋に置いたまま出かけたので、出迎えるためにドア前へと向かった。 「はいはーい。遅かったな……」  しかし、そこで綾人はドアを挟んで向こう側に立つ人物が、タカトと水町では無いことに気がついた。ドア越しにも拘らず、明らかな殺意が伝わってくる。長年人から絡まれ続けていた綾人は、敵意や殺意に対する感覚が敏感になっていた。 ——このドアの向こう側にいる人は、躊躇いなく自分を痛めつけてくる。  それがわかるほどの、強い殺意だった。 ——カウンターを狙ったとしても、もし取り逃したら他のみんなが危ない。  そう考えた綾人は、三人を一瞬でも安全な位置に移動させなくてはならないと考えた。そして、スマホを取り出すと、陽太にメッセージを送る。 「何?」  それまでのリラックスした空気が抜け切れていない陽太は、綾人が引き締まった表情で人差し指を口元に当てているのを確認すると、黙ってメッセージをチェックした。 『隠れろ』 「え……?」  それを読んでチラリと綾人の方を見る。ドアを睨みつけたまま動かない綾人を確認すると、すぐに入り口から死角になる位置を探して身を隠した。  綾人は、呼吸を整えて集中し、意識を戦闘モードに切り替えた。ドアスコープで相手を確認してみると、相手は綾人の予想通りの男だった。 ——今来んのかよ。  東寺でも貴船神社でも下手くそな尾行をして、その男の気配が楽しい雰囲気を邪魔することがあった。どこかで仕掛けてくるとは思っていたが、このタイミングで来られるとは、少し厄介だ。  それでも、ここにいるみんなを守らなければならない。両手で頬を張り、小さく息を吐き出して気合を入れた。 「っしゃ」  相手の気配を察知しながら、ドアロックに手をかけた。  カチリと音がすると同時に、黒い影が飛び込んできた。綾人はドアの裏に隠れて相手を誘い込むと、室内へと一歩踏み込んだ男の後ろへ近づき、その背中に渾身の右ストレートを打ち込んだ。

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