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第16話 引導、再び。

『鍋パ? タカトんちで? おー了解……ってそんなに人数入るのか? 良かったらシュウの家の客間使わせてもらおうぜ』  綾人に鍋をしようという電話をした後すぐに、タカトは恵斗に連絡を入れた。恵斗は、今や綾人と旧知の友人のように仲良く過ごしている。綾人も、恵斗を家族のように感じているらしかった。  元々は茶屋でも特に仲のいい間柄だったわけで、それを百合子が引っ掻き回していたから誤解が生じていて不仲になっていた。でも、その諸悪の根源である百合子がいなくなった今は、元々の関係性に戻ることが出来ている。  そのため、タカトと水町で話し合って、今回の挑戦には恵斗にも一緒に居てもらおうということになった。 「え、でも出来れば二人で過ごした家で最後を迎えたいんだけど……そのために一緒に暮らしてたようなものだし」  タカトは恵斗の提案に難色を示した。綾人と二人で話し合い、あの家には思い出をたくさん残していくことにしている。それなのに、最後の日が別の場所に変わることには、どうにも乗り気になれないようだった。  しかし、それを恵斗がキッパリとした口調で嗜める。 「いやいやいや、家ではやらない方がいいよ。だってお前、もし家で綾人が消えたら、みんなが帰った後どうするんだよ。寂しくて死んじまうぞ。シュウの家の客間借りて、やることやって、終わったらしばらく実家に帰っておけよ。寂しいっていうダメージがどんなものか、シュウを見てたなら知ってるだろう?」  そう言われて、タカトはその時のことを思い返していた。寂しさで潰れそうになっているシュウのことが心配になり、井上氏に電話してはその様子を気にかけていた、あの時。  今の恵斗は、あの時の自分なのだろう。  そして、それより少し前、あのメチャクチャに弱り果てたシュウの姿を初めて目にした時のことも、同時に思い出していた。 「ああ……そうだったな。あの時のシュウ、めちゃくちゃ辛そうだった」 「そう、で、お前あの時考えただろ? いつかは自分も同じ思いをするんだろうなって」 「うん。考えた」  タカトはあの時の気持ちを思い出していた。恵斗を地獄へ送り、恋人だったシュウだけが取り残された後に、綾人と二人で霊障の解決のために井上家に呼ばれて行った。その時、恵斗を失ってボロボロになっているシュウに会った。  何度記憶を消されても、恵斗を忘れることができないほどに深い繋がりが二人の間にはあった。その絆の強さがあだとなって、シュウはいつまで経っても喪失の苦しみから逃れることができずにいた。 ——きっといつかは自分も同じ気持ちになるんだろうなって、確かに思ってた。  そのことを思い出して、フーッとため息を吐いた。恵斗はそれを聞いて『な? 考えるだけで寂しいだろ?』と念を押してきた。タカトは渋々ながらも恵斗の意見を聞き入れることにして、「わかった、そうするよ」と伝えると電話を切った。  そして、綾人にメッセージを送る。 『場所変更。井上家の客間を借りて、親しい人みんな呼ぶ形になりそう……いい?』  綾人からはすぐに『了解! 大丈夫。楽しそうだな』という返信が来た。純粋に楽しもうとしている綾人のことを思うと、タカトは心が痛んだ。スマホを両手に握りしめ、俯く。唇を噛み締めて、その後ろめたさを無くそうとした。 「水町さん、恵斗がシュウの家の客間でやらせてもらおうって。人が多くなるなら広い方がいいだろうって言ってる」  タカトが水町にそう伝えると、水町は苦笑いをしながら「りょうかーい。でも、恵斗んちじゃないのにね。勝手なやつだわ」と呟いた。  それから、以前は綾人と三人で買い物をしたスーパーへ、今度は水町と二人で向かった。そして、あの時と同じ鍋の材料を買う。でもあの時とは、目的も集まる人数も違う。  あの時は、瀬川についている生き霊を特定して祓うために集まった。タカトは、思えばあれが三人で何かをした初めてのことだったかも知れないなと懐かしんだ。  今日はその時と同じものを買ったけれど、あの時よりも増えた仲間と一緒に、綾人の運命を動かすための会合をする。    これからやることは、綾人の同意を得ていない。それでも、綾人の人生を犠牲にする必要がないということがわかった以上、タカトも水町も、このまま黙って節分を迎えるわけにはいかなかった。  そして、その内容を綾人に教えてはいけないと言うことが条件にあるのであれば、もしかしたら後で嫌われたり恨まれたりする可能性があったとしても、こうするしか道はないと二人とも覚悟している。 「うまくいけば、俺も水町さんも綾人自身も寂しい思いをすることはなくなるんだよね」  やや不安に思ったタカトは、水町に念を押した。水町はニヤリと笑い、タカトの背中を思いっきり突き飛ばした。 「穂村くんさ、宗教学科でしょ? 貴人様の正体って気づいてる? まあ、断定は出来ないって体でいいから」  そう問われたタカトは、俯いたままセルフレジを通した後のカゴの中のものを、淡々とバッグに移していった。そして、ボソボソと小さな声で返答し始めた。 「貴人様はこの宇宙のことなら自分の意のままになるって言ってたよね? てことはさ、それって密教で言うところの大日如来に当たるんだと思うんだよね。その貴人様にもままならないことがあるとするなら……それは異世界の話になると思うんだよ」 「うん、それ、私も思ったのよ」  タカトは「え、本当?」と目を見開いて驚いた。水町は心理学科にいて、宗教についてはそれほど詳しくない。それなのに、なぜそのことに思い至ったのだろうかと、単純に疑問に思ったからだ。一般的な十九歳は、あまりそういうことには詳しくないのではないかと思っていた。 「まあ、私は漫画とかそっちからの情報だけど。異世界転生ってやつ? 流行ってるじゃない? あれっぽいなと思って」 「ああ、そう言うこと。確かに……あの発想を当てはめると、答えになりそうだよね」 「でもね、じゃあ貴人様にもままならない事をコントロールしているのは誰かって話になるんだけど、そこは私には分からないのよ。穂村くんにはわかる?」  仏教と神道に関する事なら、ある程度の知識はあると自負しているタカトは、頭の中の知識を今の自分たちの現状と照らし合わせていった。宇宙の中心が大日如来だと言うのは密教の考え方、そして、その宇宙を超越する世界を統治するのは……さらに大きな存在ということになる。 「あ、確か大日如来は三密加持出来た人じゃないと救わない、でも全ての人を救う方がいて、その方は……」  タカトがその答えに辿り着きそうになった途端、どこからともなく、地響きとともに轟音と強風が巻き起こった。ガタガタと激しい縦揺れが、地割れを起こしながら続いていく。まっすぐ立っているのが難しく、二人はその場にしゃがみ込んだ。  大きな地震が起きているのかと思ったが、それとは違うことが通りすがりの人を見てわかった。被害を受けているのはタカトと水町の二人だけで、他の人は何の影響も受けていない。 ——やっぱり、これを考えようとするとダメなんだ。  タカトも綾人も、このことについて考察を深めようとすると、必ずと言っていいほどにその思考を止められた。これを考えることは、禁忌に触れることなのだろう。命を脅かされるほど、触れてはならない話題だったのかも知れない。 「水町さん、この答えはみんなで話そう。一人でも多く揃ってた方が安心な気がしてきたよ」  タカトがそう言ってその話題をやめると、次第に揺れは治っていった。風も凪ぎ、スッと地面のひび割れも消えていった。まるで何事もなかったかのように、静寂が訪れる。『その話題に触れてはならない』と言われたような気がした。  「そうだね。とりあえず、井上家に着いてからにしようか」  水町もそう感じたようで、すぐに同意した。  もうすぐ井上家最寄りの駅に着く。そこからは迎えの車が来るらしいので、それに甘えさせてもらうことにした。綾人と他のメンバーは、すでに到着していると連絡があった。 「緊張してきたかも……俺が動けなくなったら、水町さんが発破かけてね」  すると水町はまたタカトの背中をバシッと突き飛ばした。勢いで前につんのめるタカトを見ながら「しっかりしてよね!」と檄を飛ばした。  到着まで、残り十分。  綾人の最後の試練が始まろうとしていた。

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