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第1話①

十六年生きてきて、きっと今日が一番楽しい誕生日だ。 「ハッピーバースデー!めーい!!」 お祝いの言葉と共にマイクのハウリングがカラオケボックスの狭い部屋に響いた。 四十万明は思わず耳を抑えたが、すぐに笑って大きな声で言った。 「ありがとう〜!!」 明がお礼を言うと「イェーイ!」と隣に座っていた友人達が拍手を送る。 マイクを握っていた神垣基依はそれを見ると、手際良くカラオケのタッチパネルを操作し始めた。 「よっし!じゃぁ俺が明のために一曲歌うわ!」 「明のためじゃなくて自分が歌いたいんだろ!」 基依の隣の内海が揶揄うように言う。 「ちげーよ!!明は高校で一番最初にできた友達だからな。これからもよろしくって気持ちを込めて、歌います!!」 基依がそう宣言するとちょうどイントロが始まった。 今流行りの恋愛ソングが流れる。 「全然友情の曲じゃないじゃん!」 友人が笑いながらツッコんだが、明は手拍子を叩きながら嬉しそうに基依の歌を聴いた。 「てか俺ら出会ってまだ一週間だからね?」 一曲歌い終わると基依がソファに勢いよく座って言った。それから目の前のポテトに手を伸ばす。 「入学式が一週間前とか信じられないなぁ!もう普通にみんな仲良いよな。うちのクラス」 基依の隣に座っている内海がコーラを飲みながら笑った。 「そういや先生に聞いたけどうちのクラスは全員βだって言ってた。だから波長合うんかなぁ」 内海の言葉に続くように他の友人達も歌そっちのけで話し始める。 「βだからって気が合うってわけでもないだろ。俺中学時代仲良かった奴はαだったし」 「αはなぁー。万能タイプだから誰とでも仲良くできる奴が多いだろ〜」 「わかる!結局みんなαのやつに惹かれるんだよなぁ」 友人達は第二次性の話で盛り上がりだした。 人の性別には男と女の他に、α、β、Ωと分けられる第二次性がある。ほとんどの人の多くはβ性だが、稀に男性でも妊娠が出来るΩ性、そしてそのΩ性と番になることができ他の性別よりも有能なα性というものが生まれることもある。 α性、Ω性はクラスに一人いるかいないかの貴重な存在だ。 第二次性については普段ならセンシティブな話題だが、全員がβだとわかっているからかみな饒舌だ。 明はその様子を目をキョロキョロとさせながら聞いた。 「でも俺、Ωにはまだ会ったことないわ」 「隠してる奴もいるしなー。今の時代Ωだからって変な差別する奴の方が少ないと思うけどな。昔は酷かったって父ちゃんは言ってたけど」 Ωには1ヶ月の間に一定の期間、発情期がくる。 その間は無自覚にフェロモンを出してしまいα性やβ性を誘惑してしまう。 しかし現代ではピルを飲むことで発情期の周期を安定させ、発情期が来る前に抑制剤を飲むことでフェロモンを抑えられるようになった。 そのため薬を飲み忘れさせしなければ、Ωでも普通の生活が送ることが出来る。 「でもたしかにピルとか抑制剤がない時代ってどうしてたんだろ?そこらで発情しまくりってやばくね?そりゃ普通に生活するのも難しかったんだろうなぁ」 「まぁ、俺らβには関係ない話だけどなぁ」 そう一人の友人が言うと、みんなが笑いながら頷く。 その様子を見ながら基依が明るい声で明に話をふった。 「今日の主役の明は周りにΩのやついるの?」 「えっ、俺?」 突然話題をふられ明は持っていたグラスをギュッと握った。 「あー、えっと・・うん、いるよ。俺双子なんだけど兄貴がΩなんだよね」 明はへへっと笑う。 「えっ!待って!明双子なの?!」 「そっちに驚いたわ!」 友人達は興味津々といった顔で明の周りに寄ってくる。 明は少し恥ずかしそうに話を続けた。 「そう。俺一応双子の弟。つっても二卵性の双子だから顔とか全然似てないよ」 「へぇー。見てみたいな。どこの学校?」 基依がマイクのスイッチをいじりながら聞く。 もしかしたら自分の話を聞くより歌いたいのではないかと気になり、明は少し早口で答えた。 「K高校。家から歩いて5分のところ。幸は朝弱くて起きるの遅いから近いところにしたみたい」 「ゆきって女子?」 一人の友人が首を傾げる。 「男だよ。幸せって書いて『ゆき』って読むんだけど」 明はそこまで言うと、曲を選ぶためのタッチパネルに手を伸ばし、基依のほうへ向けた。 「基依、なんか歌う?」 「へっ、いや、俺さっき歌ったから大丈夫だよ。それより明歌えって!歌上手いんだろ?」 「えっ!俺別に上手くないって!!」 明は慌てて両手を振る。 確かに歌うのは好きだし、今までも中学の友人とカラオケに行くと褒められた。 けれどまだ出会って一週間の友人の前で本気で歌える気はしない。 明は愛想良く笑うと、他の友人にタッチパネルを手渡した。 そもそも今日カラオケに来たのは、基依が昨日声をかけてくれたからだ。 基依とは出席番号順に前後の席に座ったことですぐに仲良くなった。 ちょっと適当で軽い雰囲気だが明るく話しやすい。 毛先だけ金髪に染められた髪型も似合っている。 今まで友達になったことのないタイプだが、基依が色々と話しかけてくるので慣れるのに時間はかからなかった。 今日のメンバーは三日前に体育でグループを組んだメンバーだ。 運動を兼ねた簡単なゲームをしたのだが、それが親睦を深める結果となり基依が昨日「みんなで明日カラオケ行かね?」と言ってきた。 明は明日が自分の誕生日だと気がついていたが、それは黙ったまま参加することにした。 家族とのバースデーディナーは週末に済んでいる。 誕生日当日は家族での予定は特にない。 毎年習慣になっている予定ならあるが、今年からそれを無くしたいと思っていた。良い機会だ。 誕生日だと言ったら気を遣わせる。 そう思って黙ったまま今日を迎えたわけだが、タイミング悪く昼休みに基依から「そう言えばみんな誕生日いつ?」という話題を振られた。 嘘をつくわけにもいかないと明が正直に「実は今日・・」と言ったところ 「なら今日は明のバースデーパーティに変更な!」と基依が言ったのだ。 その結果、今日はただのカラオケではなく明の誕生日を祝うカラオケとなった。 今までの人生で、個人的にこれだけの友人にお祝いされたことはない。 いつも幸が一緒だったからだ。 そして、みんな決まって幸を見る。 明と幸。二人が一緒に並んでいてもみんなの視線は明にはこない。 Ωが社会的に地位が低かったなんて、昔の話だ。 今の世の中、Ωはβの人間と何ら変わりなく生活できる。 しかしΩだとわかる、特異な点はやはりある。 それはβにはない美麗な姿だ。 幸もまさにΩ特有の美麗な見た目の持ち主だった。 線が細く色素の薄いサラサラの髪。長い睫毛に囲まれた切長で茶色の瞳。 華奢で守りたくなるような身体からは綺麗な手足が伸びている。 さらに幸には人を惹きつける魅力があった。 幸は一見無愛想で近寄りがたい雰囲気だが、気を許した相手には人懐っこい笑顔を向ける。 みんなその笑顔が欲しくて、幸に近づいてくる。 それが、明の当たり前にあった日常だった。 けれど幸と高校が離れて、初めてみんなが自分だけを見てくれる誕生日を迎えた。 こんなに嬉しいことはない。 明は友人達の歌を聞きながら楽しそうに手を叩いた。 ——

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