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第1話②

「あー!歌った歌った〜!」 基依がグンと背中を伸ばす。 カラオケに入ってから五時間が過ぎていた。 「うわ!もう21時じゃん!明日土曜日でよかったな〜」 内海がスマホに目を落とす。 「明はここからバスだっけ?」 「うんー。歩いても帰れなくはないかな」 基依に聞かれて明は答える。 カラオケをするためにみんな明の地元の駅までやってきた。 海に面した穏やかなこの路線では、ここが一番栄えている駅だ。 しかしこの時間になると、駅前の店で開いているのはカラオケとコンビニと居酒屋くらいになる。 「今日は本当にみんなありがとう!改札まで送るよ!」 そう言って明が歩き始めようとした時だった。 「明?」 後ろから名前を呼ばれ明は振り返る。 学ランを着た二人の男子高校生がジッとこちらを見つめて立っていた。 明は思わずゴクリと唾を飲む。 「あ、あれ?二人ともここで何してんの?」 明が辿々しく聞くと、長い睫毛に切長の瞳の青年が口を曲げて答えた。 「何って毎年恒例の撮影会だよ。明が急にドタキャンするから昴と二人で撮りに行ったの。なっ?」 そう促され隣の青年はコクリと頷く。 彼もまた、黒く大きな瞳にバランスの良い目鼻立ちで整った顔をしている。そして一番に目がいくのが、すらっと伸びた高い身長だ。 「あぁ。はは、ごめん幸、昴」 明は苦笑いを浮かべて謝る。 その様子を少し前の方で見ていた内海が明の隣にやってきて聞いた。 「え、なになに?幸ってさっき言ってた双子の兄貴?」 「あ、そう。兄の幸と隣に住んでる矢野昴。俺達の幼馴染ってやつ」 明は幸と昴に背を向けて答える。 「へぇ。本当に兄貴と明似てないんだなぁ!」 「てかめっちゃ美人じゃん!お友達もイケメンだし背たっか!!180はあるでょ?」 「明の周りレベル高け〜」 友人達が幸と昴を取り囲むようにして言った。 幸は不快そうに眉を顰めると、昴の袖を掴む。昴はそんな幸を庇うように一歩前に出て言った。 「明、もう帰るなら一緒に帰ろう?」 昴が真剣な瞳で明を見つめる。 幸を早くこの場から離してあげたいのだろう。 明は頭を振ると笑って言った。 「俺、みんなを駅まで送ってくるから先帰っててよ!」 そう言って明が踵を返そうとすると、基依にポンと肩を叩かれた。 「今日主役の明に送ってもらうなんて悪くてできないって。ここでいいよ」 「え、でも・・」 「大丈夫だって!よし、みんな帰ろうぜー」 基依がそう言うと、友人達が 「おう」「じゃあまたな」「おめでとー!」 などと言いながら駅の方へと歩き出した。 「あ、みんな今日は本当ありがとう!」 明は友人達の後ろ姿に急いで声をかける。 「ほら、俺達も帰ろう明」 「・・・」 昴に言われ、明は小さく頷く。 本当はあまり一緒に帰りたくないのだけれど・・ そう思いながら一歩足を進めた瞬間 「明!」 と声がした。 振り向くと基依が軽い足取りで戻ってくる。 「そうそう!これ渡すの忘れてた。はっぴーばーすで〜」 そう言って基依は手のひらくらいのサイズの紙袋を手渡した。 「・・え」 明は驚いて言葉が出てこない。 「駅着いた時さぁ、売店でK市のマスコットキャラクターのグッズ見つけたから明にバレないようにコッソリ買ったんだよね。気づかなかったっしょ?」 基依は悪戯っ子のような顔で笑う。 「あ、ありがとう。すごい嬉しい・・」 「えー。嬉しいのテンションじゃないけど」 基依は揶揄うように言う。 明は声を大きくして慌てて返した。 「いや、本当に!ビックリしすぎて反応上手くできなかっただけ!!ありがと基依」 「はは。よかった。じゃあまたな〜」 そう言うと基依は再び軽い足取りで前を歩く友人達の元へと戻って行った。 プレゼントをもらえるなんて思ってもいなかった。嬉しくて心臓が速い。 明は受け取った紙袋をまじまじと見つめた。 確かに駅の売店のマークが書いてある。 「・・なに?何もらったの明?」 後ろからぴょこっと顔を出して幸が聞いた。 「あっ、なんだろ・・」 ピリピリと慎重にテープを開ける。 中からキャラクターが刺繍された薄黄色のタオルハンカチが出てきた。 「ハンカチかー。使えるものでよかったね」 幸がニコリと笑って言う。 「うん・・」 本当にそう思っているのだろうか。 これ以上幸に何か言われるのは嫌だ。 明はそのハンカチをもう一度紙袋に入れ鞄の中にしまうと、ゆっくりと歩き始めた。 「俺なんて、彼氏から貰ったものなんだと思う?首輪だよ。しかもセンス微妙。今着けてるのがお気に入りだって言ってるのに」 幸はそう言いながら首元に手をやる。そこには綺麗な空色の首輪が光っている。 幸が十四歳の時、昴からプレゼントされたものだ。 「でもさ、彼氏からしてみたら他の奴から貰った首輪着けてるのが嫌なんじゃないの?せっかくもらったなら着けてあげればいいじゃん」 明はため息を吐きながら言った。 「それこそプレゼントしてくれた昴に失礼じゃない?ねぇ?」 チラリと幸に視線を向けられ昴は微笑みを浮かべる。 「別に俺は・・幸が着けたいやつ着ければいいんじゃない?」 「えー。俺は昴を思って言ってるのになぁ」 そう言って幸は口を尖らせながら上目遣いで昴を見つめた。 それ以上昴は何も言わない。 明はそんな二人の様子を見て、いつまでこうしていくのだろうと改めて思った。 今日で十六歳。 そろそろ何かを変えてもいい頃だ。 矢野昴。 隣に住む幼馴染。 昴の両親は小さい頃から不仲で、昴はよく家に預けられていた。 整った顔立ちだが、家庭で親に遠慮して暮らしてきたからだろうか。性格は控えめで学校でも友人達の話を穏やかな表情で聞いていた。 そしてずっと、幸に片思いしている。 昴が幸を好きになった日のことも覚えている。 それは七歳の頃のことだ。 「昴君、ご飯食べようね」 「うん・・いただきます」 その日、両親の離婚についての話し合いが終わるまで昴はうちで待つことになった。 気がつけば夕飯の時間を過ぎている。 母がカレーを作り、子ども達の前に並べた。 明はその頃まだまだ子どもで、その日がどんな日なのかも分からず昴と一緒にご飯を食べられることに喜んでいた。 「昴!ご飯食べた後もまだいる!?アニメ見る?!俺今好きなアニメがあってさー!」 「・・うん」 無邪気に笑う明とは対照的に昴の表情は固い。 そして次第に昴の小さな肩が小刻みに震え出した。 あれ?と思った時にはもう昴の目から涙がポロポロと溢れていた。 その時初めて、今が「いつもと同じ日」ではないことに気がついたのだ。 友達が突然静かに泣き始め、どうしていいか分からずポカンとしていると隣からも鼻を啜る音が聞こえてきた。 隣に目をやると、幸も目を赤くしている。 「え、幸?泣いてるの?」 明が声をかけると、堰を切ったように幸が大声で泣き出した。 「だって!だってぇ、昴が可哀想なんだもん〜」 「えっ・・?」 明、正面に座っている昴、そしてキッチンに立っていた母もみんな幸を見つめる。 「昴いっつも寂しそう!おじさんもおばさんも昴のこと放っておいてばっかりで酷いよ」 幸は鼻を赤くしてポロポロと涙を流しながら言う。 母はそんな幸の側によると優しく慰めるように肩を撫でた。 自分も何か言わなくては・・ 明はそう思ったが言葉が出てこない。 すると昴が手に持ったスプーンを見つめたままポツリと言った。 「僕、この家の子どもになりたかったな・・」 「・・・え」 いつも一緒に楽しく遊んでいる友達の、弱々しい言葉に思わず息をのむ。 こんな時どんな言葉をかければいいのか。でも黙っていてはいけない。 そう思って顔を上げた瞬間、明よりも先に幸が大きな声で言った。 「じゃあ僕と結婚しよう!そしたら本当の家族になれるよ!うちだってパパもママも男の人なんだから、僕達だって結婚できるよ」 そう言った幸の眼と長い睫毛に涙が溜まっている。ただでさえ綺麗な瞳が涙に濡れてさらにキラキラと光って見えた。 昴はそんな幸をただ茫然と見つめていたが、少ししてから「・・ありがとう」と小さな声でお礼を言うと再びゆっくりとカレーを食べ始めた。 先ほどよりも昴の表情が幾分か和らいだような気がする。 ・・やっぱり、幸には敵わない。 幸の素直さと、優しさと、繊細さと。 どれも自分は持っていないものだ。 その日を境に、昴は以前よりも幸のそばにいることが多くなった。 だからきっと、これが昴が幸を本気で好きになった日ではないかと思っている。 自分だってあんなことを言われたら嬉しくて仕方がない。 幸の魅力は弟の自分が一番よくわかっている。 ーー 「そうだ、明見て。さっき二人で取った写真」 そう言って幸が差し出してきたのは、幸と昴が写っている証明写真だ。 小学五年生の時、誕生日の記念にと三人で証明写真で写真を撮ったのをきっかけにそれから毎年の恒例となった。 「あは!いいじゃん!三人じゃそろそろキツいと思ってたし、2人で撮った方がバランスいいよ」 明が笑いながら言う。すると幸がつまらなそうに口を尖らせて言った。 「何言ってんの。三人で撮るのが決まりでしょ。そのために俺だって彼氏とのデート早めに切り上げてきたのに」 「今の彼氏って中学の時の後輩だよな?付き合ってどれくらいだっけ?」 「もうすぐ三ヶ月だけど。でも最近ちょっと微妙。今日も早く帰るって言ったらなんか不機嫌になってたし。俺がそう言うの好きじゃないってわかってるはずなのにさ」 幸がつまらなそうな顔をするのを見て、明は軽くため息をつく。 ーだったら昴を選んであげればいいのに。 そう思いながら昴を見ると、バチリと目が合った。 昴はクスリと微笑む。幸の話をあまり気にしていないようだ。 ー余裕の表情だな。 たしかに、それはそうかもしれない。 だって、昴はαだから。 きっと最後には選ばれる自信があるのだ。 昴はとっくに幸を選んでいる。 あとは選ばれる時が来るのを待つだけ。 こうやって、αやΩのような特別な存在同士が選びあっていく。 それを何もない自分はただ見ているだけなのだ。 昔からずっと。 「ただいまー」 家の前で昴と別れ幸と二人で帰宅すると、両親が驚いた顔をして出てきた。 「えっ、どうしたの?明は友達と約束があったんだろ?なんで2人で帰ってきたの?」 「駅前で明とちょうど会ったんだよー。ね、明」 幸が笑いながらこちらに目をむける。 「うん、だから一緒に帰ってきた」 明はそう言うと、足早に自分の部屋に行くため階段を登っていく。 「これ見てよ。彼氏からのプレゼント」 後方で幸が両親にもらった首輪を見せている声が聞こえる。 幸は恋愛に関してはとてもオープンだ。 小学生の頃から綺麗で男女どちらからも告白されることの多かった幸は、その度に母に相談していた。 第二次性の性別検査は十四歳になる年におこなわれる。 小学生の時は幸がΩだとはわからなかったはずだが、おそらく両親は気づいていたのだろう。 幸はΩである母にそっくりだからだ。 母も男性だが体は華奢でとても綺麗な顔をしている。αの父が惚れ込むのもよくわかる。 そんな母にそっくりの幸だから、両親も内心では心配していることだろう。 明は自分の部屋に入るとバタンと勢いよく扉を閉めた。 それからベッドに深く腰掛け、基依からもらったハンカチをカバンから取り出す。 初めて『幸と一緒』ではなく、自分にだけ贈られたプレゼントだ。 五年ほど前に市長の提案で作られたマスコットキャラクターが刺繍されている。 本来はこの町を訪れた観光客用のお土産として作られた物だろう。 先程は、あれ以上幸に何か言われるのが嫌でそそくさと鞄にしまってしまった。 とても嬉しかったのに・・ 月曜日、基依に会ったら改めてお礼を言おう。 明はそう思うとハンカチをキュッと優しく握った。 ブブっとベットの上に放り投げたスマホが振動した。 目を向けると、画面に昴からのメッセージが表示されている。 『明日、プレゼント渡したいんだけど会える?幸の分は今日渡したから』 基依は昔から誕生日には幸と明、両方にプレゼントをくれる。小さい頃は似顔絵や手紙だった。 いつの頃からか消しゴムや鉛筆など物になったが、毎年必ず幸と同じものをくれる。例外があったのは中学二年生の時だけだ。 誕生日から数日経ったある日、昴が幸へ首輪を渡したのだ。 第二次性の性別診断をしたばかりの時だった。 きっと幸がΩだとわかり、昴は幸が他の誰かと番になってしまわないようにと贈ったのではないかと思っている。 昴は本気で幸が好きなのだ。 きっと本当はもっと幸を大事にしたいだろうし、特別だと伝えたいはずだ。 それでも気を遣ってか、毎年幸と同じものをプレゼントしてくれる。 「俺のことなんて気にしなくていいのになぁ」 明はそう呟くと昴に返事を送った。 『ありがとう!明日大丈夫!うち来る?』 明が送るとすぐに昴から返事がくる。 『明日、彼氏が家に来るって幸が言ってたよ。だから明は俺の家おいで』 「まじかーー」 昴のメッセージを見て明はバタリとベッドに倒れ込んだ。 今日会ったのに明日も会うのか。 最近微妙と言っていたのに。 明日、両親は朝から出かけると言っていた。 恋人を呼ぶにはちょうど良いだろう。だけど・・ 「俺がいるっつーのに・・」 明はボソッと呟く。 しかしこういうことはよくあることだ。 明はゆっくり起き上がると『じゃあ明日遊び行かせてー』と昴に返事を送った。

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