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最終話
「明!もうすぐ交代の時間!」
基依に言われ、明はスマホで現在時刻を確認した。
午後一時になろうとしているところだ。
「四十万君、お疲れ様。代わるよー」
クラスメイトの女子生徒が後ろから声をかけてきた。
「思ったより人くるね。モザイクアートの展示だけなのに」
「中学生が多いよ。志望校絞る前に文化祭見とこうって感じの」
明が椅子から立ち上がりながら言う。
「じゃ、受付よろしく」
見に来てくれたお客さんに展示内容の印刷された紙を渡す単純な作業を二時間ほどやっていた。
おかげで腰が少し痛い。明はトントンと腰を軽く叩いた。
「文化祭の準備で部活もとうぶんやってなかったもんなぁ。体鈍ってるんじゃん?」
基依がニヤリと笑う。
「もともと基依はそんなに動いてないじゃん」
「あはは。そりゃそうだ」
夏休みが明けると、学校は一気に文化祭モードになった。
十月初めの金曜日と土曜日に開催されるため準備期間は一ヶ月しかない。
一年生は飲食禁止という決まりがあったため、明達のクラスは写真を集めてモザイクアートを作る事になった。
それが意外とウケたのか、文化祭二日目、明達のクラスはなかなかの集客率だ。
「今日は外部のお客さん多いからな。食べ物もう終わってるとこもあるって」
基依が文化祭のパンフレットを見ながら言う。
「基依は内海達と何か食べたの?」
「食ってねーよ。明待ってたんじゃん」
「え?!そうなの?ごめん!」
「内海は彼女が来てるからそっちいっちゃったし、他のやつらも友達を案内しに行ったし。暇だったわー。だから舞台の発表とか見てた」
「・・基依は、友達とか来ないの?」
「うーん。どうかなぁ」
そう言いながら基依は気怠そうにスマホを見つめる。
「わかんね。来るかもだし来ないかもだし。そもそも同中出身の奴多いからな、この学校」
「そっかぁ」
明が相槌を打った瞬間、両肩を後ろから誰かにポンと叩かれた。
「わ・・」
驚いて振り向くと、幸の笑顔が目の前に飛び込んできた。
「幸!」
「明、お疲れ様!遊びに来たよ〜」
「おー、ありがとう!時間ピッタリじゃん!今から俺フリータイムだから案内できるよ」
「俺が急かしたの。幸、ギリギリまで寝てたから」
そう言いながら、昴が幸の後ろから出てきた。
「昴、本当うるさい。何回も電話かけてきてさ〜。明は1時から自由だからそれまでに着くんだってずっと言ってんの」
幸が小さくため息を吐いて肩をすくめる。
「明にも予定があるだろうから、あんまり待たせたら悪いだろ」
「とか言って、明が文化祭の準備でずっと忙しくて会えなかったから早く会いたかっただけでしょ」
「っ・・幸!」
昴が恥ずかしそうに頬を染める。明もそれを見て釣られるように顔を赤くして笑った。
「いつまでもガキみたいなイジり方するなよな、幸」
明の隣にいた基依が呆れたような顔で幸を見る。
すると幸は眉間に皺を寄せて基依に近づいて言った。
「何それ?俺は基依君みたいに人を揶揄ったりしないから」
「えー。無自覚って怖いわぁ」
「ちょっと!」
幸が基依に食ってかかろうとしたところで「あー!基依いたー!」と横から声が聞こえた。
私服姿の女子が二人、手を振って近づいてくる。
「おぉ、久しぶり」
基依はヘラっと笑うと幸に背を向けて彼女達と話し始めた。
「何?誰かに会いにきたん?」
「そう〜!でも基依のことも探してたよ〜」
「今度中2のクラスで同窓会しようと思って!基依くるでしょ?」
「へー、いいじゃん!行く行く」
どうやら中学時代の友人のようだ。
楽しそうに話す姿を明はボウっと見つめる。
しかしすぐ後ろの幸の表情が不機嫌なものに変わっていく事に気づいて、明は慌てて昴にコッソリ耳打ちをした。
「ねぇ、とりあえず幸連れて先どっか行ってようか?」
しかし昴は首を横に振ると「きっと大丈夫だよ」と言って、もう一度基依達の方に目を向けた。
「え・・」
明も不安そうな顔でそちらを見る。すると幸が不機嫌そうな顔のまま基依の肩を叩いて言った。
「ねぇ。案内してくれるんじゃないの?早くしないと食べ物売り切れちゃうよ」
「え、基依の友達?綺麗な子〜」
基依の友人達が幸を見て高い声をあげる。
「あ、首輪してるってことはΩなんだ!やっぱりΩの子は綺麗な子多いんだね〜!」
幸の首元の薄若草色の首輪を見ながら一人が言った。
「なになに?もしかして基依・・」
「えー、違うよね?基依じゃ相手にされないでしょ〜」
彼女達が笑いながら言っていると、幸は二人にニコリと微笑みかける。
「ふふ。そうなんだよねぇ。相手にするつもりなかったんだけど、基依君と居ると楽しいから」
そこまで言うと幸はグイッと基依の腕を強く掴んだ。
「だから、基依君先にかりるね」
「え、おい!幸・・」
戸惑った表情の基依を幸はドンドンと引っ張って行く。
その様子を明は口をポカンと開けて見つめた。
「ね、大丈夫だったでしょ?」
昴が横で口元を上げて言う。
「幸、前よりも気が張ってないって言うか・・変に人の目を気にしなくなったと思うんだ」
そう言う昴からも以前にはない余裕のある表情が窺える。
明は上目遣いで笑いながら肘で昴をこづいた。
「・・・・やっぱり、昴は幸のことよくわかってるよなぁ」
「えっ・・」
「だって俺一緒に暮らしてるのに幸の変化に気づいてなかったもん」
「それは・・家での幸は昔から変わってないってことだよ。多分、外での幸を一番見てきたのは俺だから・・だから前より変わったなって気づけると言うか・・」
「なるほど、なんか納得。俺と昴じゃ見えてるところが違うんだろうな」
「というか、幸が見せるところが違うんじゃないかな。幸は、明の前だと一応良い兄でいようとするところあるし」
「・・へぇぇ。そっか・・それは考えてなかった」
やはり昴は幸のことをよくわかっている。
明は改めてそう思った。
それと同時に胸の辺りに薄黒い靄がかかる。
「・・・」
しかしすぐに気を取り直すと「じゃ、俺らもどっか行こうか」と歩き始めた。
「うん」
昴も明の横に並んで歩き始める。
今日はせっかくの文化祭だ。まずは目一杯楽しみたい。
昴とは夏のあの日から、特に変化なく今まで通りの関係が続いている。
曖昧な状態で終わってしまった告白の返事を、改めてし直すタイミングは今だに掴めていない。
昴から好きだと言われたことは素直に嬉しかった。
『なんで俺なんだろう?』という疑問は常について回るが、それでもあの日昴から言われた言葉を思い出すと自分が選ばれることもあるのだと自信も湧いてくる。
そしてくすぐったい気持ちになり昴に会いたくなってしまう。
けれどそれが『昴が好き』だからではなくて『自分に好意を寄せてくれて良い気分にしてくれる』からなのではないかと思ってしまい、会いたいとは自分から口に出せないでいた。
ちょうど文化祭の準備で忙しくなったこともあり、昴とまともに顔を合わせたのは一カ月ぶりくらいだ。
「昴の学校は文化祭来月だよね?」
「うん、でも明の学校ほどは盛り上がらないと思う。飲食のルールも厳しいし三年生は自由参加だしね」
「はー。さすが進学校〜」
「でも・・できたら来て欲しいな」
「もちろん!行くって!楽しみにしてる!」
昴が遠慮がちに笑うので明はわざとらしいくらい明るい笑顔で返した。
「四十万君ー!」
後ろから名前を呼ぶ高い声が聞こえた。
振り向くと同じクラスの女子生徒が三人立っている。普段あまり関わりがない人達だ。
「何?」
明は不思議そうな顔で近づいていく。
「四十万君今フリータイム?」
「うん。そうだけど」
「そうなんだ〜!あっ、一緒にいる子はお友達?」
そう言いながら一人の女子が明の後方にいる昴をチラリと見る。
その視線で彼女達がなぜ声をかけてきたのか予想がついてきた。
「うん、幼馴染。今ちょうど案内してる途中なんだけど・・」
やんわりとだが予防線のようなものを張ってみる。
しかしそれが伝わっていないのか左端にいたハーフアップの女子が昴にスッと近づいていった。
「こんにちは〜。私達四十万君のクラスメイトで今ちょうど見て回ってるんだけど、よかったら一緒にどうですか?」
「え・・・」
昴は困ったような顔で一歩後ろに下がる。
「あっ!別に変な意味じゃなくてー。せっかくの文化祭だから女子だけで回るのもつまらないよねーって」
ハーフアップの女子が他の女子達に同意を求めるようにして言った。
「そうそう!四十万君とも普段あんまり話したことないから話してみたかったし」
「えー・・ははは」
あきらかに昴に近づくためのダシにされている。
あからさま過ぎて明は引き攣った笑いを浮かべた。
ただ、こういうことは慣れているので今更嫌な気持ちにはならない。
幸や昴と一緒にいる以上、これからだって何回でも起こることだろう。その度に悲しんでいてはキリがない。
自分の立ち位置はもう小さい頃からよくわかっている。
「ね、どうかな?」
ハーフアップの女子が再度昴の方に目を向けて聞いた。
昴は節目がちな顔で黙っている。
他校の知らない女子とは言え、明のクラスメイトである以上邪険にはできないなどと考えているに違いない。
ここはこちらが答えなくては、と明が口を開こうとした瞬間、
「ごめんなさい」と昴のはっきりとした声が聞こえた。
「今日は、久しぶりに明と会えたから二人でゆっくり見て回りたくて・・」
そこまで言って昴が一瞬チラリと明に視線を送る。
明はその視線に応えるように昴の腕を引っ張って言った。
「あー、そう!積もる話もあるからさ、ごめん!」
片手で謝罪のポーズをとる。
「えー。そっかぁ、わかった〜」
「次行こ、次!」
女子生徒達はそう言うと、スタスタと歩いて行ってしまった。
彼女達の背中が見えなくなった後、昴がフーと長いため息をつく。
「俺、嫌な感じの態度取っちゃったかな?」
「え、全然!そんなことなかったって!」
「・・・」
明が笑って言うと、昴は口を尖らせながら明を見つめた。
「?何?俺の顔に何かついてる?」
「・・さっきの女の子達、明と仲良くなりたかったのかな・・」
「はっ?!」
突拍子もない事を言われ明は思わず大きな声を出す。
「何言ってんの?!明らかに昴狙いだったじゃん!分かんなかったの?!」
「・・だって明とも話してみたかったって言ってたし」
「いやいやいや!あれは単純に俺に気を遣っての発言でしょ?!別に俺気にしてないけどさぁ」
「・・なんだ、そっか・・俺、てっきり明に気があるのかと思って。だから断らなきゃって焦っちゃった」
昴は安心したような顔で微笑む。
「・・なんだよ、それ」
明はちょっと気恥ずかしそうに昴から視線を逸らした。
しかしすぐに切り替えたように笑うと「ほら、行こう!お腹空いたし」と言って歩き始めた。
それから二人は二年の教室でたこ焼きを買ったり、部の展示を見たりと校舎を一通り回った。人は土曜日ということもあってか一日目より多く、どこも賑わっている。
「だいたい見たかな?昴は何時くらいまでいる?」
明が文化祭のパンフレットを見ながら聞くと、昴はスマホを取り出して周りに目をやった。
「うーん。幸と一緒に帰るつもりだったけど・・どこにいるんだろ。電話してみようかな」
昴がスマホの画面を指で操作し始めた瞬間、トントンと後ろから誰かが昴の肩を叩いた。
「え・・・あ、長平さん」
昴が振り返ると、私服姿の長平千晶が笑って立っていた。
「矢野君いてよかった〜!探してたんだよ〜」
そう言いながら明の方に視線を送る。
「あ、こんにちわ、えっと明君だよね!」
「え、あ、そう!」
明は眉尻を下げ笑顔を作った。
「お祭りの時以来だね!あ、あの時私言わなかったんだけどさ、同じクラスに神垣基依っているでしょ。私実はいとこなんだよね」
「あー。なんかその話聞いた、かも」
歯切れ悪く明は言う。なぜならその話を知った経緯が、幸と昴と千晶の間であったことを聞いた時だからだ。
しかしそんな明の気まずさが千晶には伝わっていないのか大きく瞳を開いて一歩近づいてきて言った。
「あ、基依から聞いてた?なら話が早いや!」
「え・・?」
「・・実はさっきね、幸君と基依が一緒にいるところ見かけちゃってさ。しかもなんか楽しそうにしてて・・だから矢野君に言わなきゃって思って・・」
「なんで俺に・・?」
「・・だって・・基依は幸君のこと多分好きだから・・あれ、絶対調子のってるよ。幸君のこと振り向かせられるとか思ってるかも!幸君には矢野君がいるのにさ!」
「・・・」
千晶の話を聞いて、明と昴は黙り込む。
そうだった。千晶は幸と昴が両思いだと信じて身を引いたのだ。
そのことで彼女が傷ついたことも聞いている。
それでもなお、幸と昴のことを考えてくれるのだから、本当にいい子なのだなと思う。
基依が大切に思っているのも納得だ。
「・・あっ、ごめんね矢野君。私不安にさせるようなこと言ったよね」
二人が何も言わないので、千晶は勘違いしたのか申し訳なさそうに謝った。
「で、でも基依が矢野君に敵うはずないし!余計なこと言っちゃって・・」
「ごめん、長平さん。違うんだ・・」
千晶の言葉を遮って、昴が頭を下げる。
「え・・・?」
「俺が、好きなのは明なんだ・・幸じゃない・・」
「え・・・」
片側の口元だけを上げた笑顔で千晶が明の方を見る。明はその視線から逃れるように横に目を向けた。
「明君・・?」
「うん・・ちゃんと、言わなくてごめんなさい」
「え・・でも、じゃぁ幸君は?だって幸君は・・」
「俺が昴のこと好きだったのは本当だよ」
横から割って入るように幸の声が聞こえた。
そちらに目をやると幸と基依が並んで立っている。
「・・幸君」
「久しぶり、長平さん」
幸はニコリと微笑む。
「あ、久しぶり・・えっと・・」
千晶が気まずそうな顔で言葉に詰まっていると、幸は笑顔のまま少しだけ頭を下げた。
「ごめんね。今更だけど・・・長平さんに謝らなきゃってずっと思ってたんだ。あの時俺、昴を誰にも取られたくないって気持ちが強くて長平さんに酷いこと言ったよね」
「・・・」
「『最後に俺を選んだらごめん』なんてさ。自分が選ばれないってわかってたのに・・それでも、明には敵わなくても自分は昴の特別だって思いたくて、あんな強がりなこと言ったんだと思う。そんな八つ当たりなことを長平さんにしてしまった。本当にごめんなさい」
「・・・」
千晶は口を少し開けたまま固まる。目も見開いているのできっと驚いているのだろう。
しかしすぐにフフっと笑うと幸の肩をポンと叩いた。
「なんだぁ。幸君でも失恋することあるんだね」
「千晶・・」
幸の横にいた基依が千晶に声をかけたが、幸はそれを片手を上げていなす。
「私、幸君って別次元の人に見えてたっていうか。きっと恋愛で悲しい思いすることないんだろうなぁって思ってた。羨ましいって・・でも、幸君も一緒なんだね。嫉妬したり振られることだってあるんだ」
「・・うん。しかも長年片思いしてた初恋相手だよ?その人が自分じゃなくて弟が好きって。一緒にいた時間は同じなのにさ。結構キツくない?」
「やだー!それはキツイ!」
幸と千晶がクスクスと笑い合う。
その様子を明と昴、そして基依が意外そうな顔で見つめた。
「そっかぁ。それじゃぁ本当に基依にもまだチャンスはあるんだぁ!よかったじゃん!」
千晶はバンバンと基依の背中を叩く。
「いって。やめろよ」
バツが悪そうな顔をして基依が千晶を睨んだ。
それもまた初めて見る基依の顔だ。
小さい頃から気の知れた相手にはこんな顔もするのか。
明がそう思って見ていると、幸も同じことを思ったのか唇を上げてツンとした顔をしている。
「それじゃぁ私行くね!この高校同中の友達多いから色々見て回らなきゃなの!またね!」
千晶はひらりと踵を返すと、手を振って小走りで去っていった。
その背中を見て基依が頭を掻きながら言った。
「なーんか完全に吹っ切れた感じだな。まぁ、よかったわ」
「・・基依君、長平さんと仲良いんだねぇ。俺といる時と全然違う」
ジトっとした目で幸が基依を見つめる。
「・・何?嫉妬ですか?」
基依は嬉しそうに口角を上げた。
「は?!何それ?自意識過剰!もういいよ。そろそろ帰ろ、昴」
幸が頬を赤くして歩き始めようとした瞬間、基依が素早く幸の細い手首を掴んだ。
「もう少し一緒にいてよ。ていうか一緒に帰りたい。ダメ?」
「・・〜っ」
幸はグッと何かを堪えるように下唇を噛む。それから観念したかのような顔で言った。
「・・・わかった。でも一緒に帰れるの?片付けとかあるんでしょ?」
「片付けは週明けでーす。な、明」
「あぁ、うん。今日は文化祭終わったら簡単にホームルームだけして終わりだよ」
「・・そう。じゃぁ・・待っててあげる。ほら、あと何見て回るの?行くよ」
幸は明と昴の方に視線を送ると、小さく手を振り基依と歩いて行った。
「なんか、思ってたよりずっと幸と基依君仲良くなってるんだね」
昴が少し驚いた顔で言う。
「うん、結構電話とかしてるよ。幸の部屋から声聞こえてくるもん。基依も学校で幸の傍若無人さをよく愚痴ってるし!」
「・・そっか。うん・・・」
何か言いたげな昴の雰囲気を察し、明は明るく笑った。
「あはは!俺もう全然気にしてないから大丈夫だよ。むしろ基依から聞く幸の話とかちょっと面白いし。幸のことあんなに言いたい放題聞くの初めてだもん」
「・・・幸も、きっと初めての感覚で楽しいのかもね」
「そうそう!あっ、それより増田君はどう?学校で会うでしょ?なんとなく俺聞きづらくて」
幸が増田と別れたことは知っているが、詳細は聞いていない。
増田が話しやすく良い人だっただけに、彼が傷ついていないか気になっていた。
「俺はクラス違うからあんまりわからないけど・・普通にしてるとは思うよ。幸、別れる時ちゃんと理由も言ったみたいで、増田君も納得してくれたって」
「・・そっか」
「増田君は気まずい空気が嫌いだって言ってたから、もしどこかで見かけても普通に挨拶してあげればいいんじゃないかな」
「うん、そうだな・・ありがとう」
少し安心し明は胸を撫で下ろす。
それから改めてスマホで時刻を確認した。
「あ、昴どうする?幸は基依を待つって言ってるし先に帰る?」
「・・・俺も、待ってちゃダメ?」
横目に明を見ながら遠慮がちに昴が聞く。
「え・・」
「明ともっと一緒にいたいから・・ダメかな?」
「う〜ん・・わかった。でも、幸達に見られるの恥ずかしいしK駅で待っててもらっても良い?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
昴が嬉しそうに笑うのを明は気恥ずかしそうに見つめた。
昴が本心を伝えてくれてから、彼のことで改めて気づいたことがある。
それは思っている以上にストレートに気持ちを伝えてくれると言うことだ。
幸に片想いしていると思っていた時はあまりそういうことを表に出さないのだな、などと勝手に思っていた。
しかしそういう訳ではなかったようだ。
昴と話していると、その言動から自分の事を大切に思ってくれていることが痛いくらいに伝わってくる。
暖かくて心地良いのよい、包み込まれるような愛情だ。
そしてそれを嬉しいと思ってしまう自分もいる。
そう思う自分の気持ちを素直に伝えて良いものなのだろうか・・
——
「ごめん!思ったより長引いた〜」
明が駆け寄っていくと昴はスマホから顔をあげて笑った。
「大丈夫だよ。そこで時間潰してたから」
昴はそう言って改札を出てすぐのファストフード店を指差す。そこは最初に昴から『好き』だと言ってもらった場所だ。もちろんあの時は友情からの言葉だと思っていた訳だが・・
「明お腹空いてる?もう一回あそこ入ってもいいよ?」
「え!それは申し訳ないって!昴は?夕飯にはちょっと早いけど何か食べたいものある?」
「・・食べたいものはないけど、明とゆっくり話したいかな。あっちの港の方行ってみない?」
「あぁ。うん、行こっか!」
駅の裏手側を進んでいくとショッピングモールのYタウンを超えた先にフェリー乗り場がある。そこは普段あまり人がいないこともあって、この辺りでは密かなデートスポットだ。
それを昴が知っているのかはわからない。明はあまり勘繰ることはやめて昴の後をついて行くことにした。
時刻はもうすぐ十八時になるところだ。ちょうど日の入りに近いのか太陽がオレンジ色に輝いている。水面にその光が反射していてとても綺麗だ。
周りを見回すと思った通りカップルが多く、その夕日を肩を寄せ合って見つめていた。
「・・ここ来るの久しぶりだなぁ。小さい頃家族で船で旅行に行った時以来かも」
明は周りを気にしないような素振りで昴に話しかける。
「俺は・・時々来てたよ。幸に迎えに来てって言われて来ることもあったし」
「え、そうなの?」
「うん。幸はデートでここよく来てたみたいだから。デートの後に迎えに来てって言われて行ったりもしたよ」
「・・それってさぁ。幸は昴とここに来たかったからじゃないかな・・」
「・・・そうなのかな・・」
昴の瞳に少しだけ影が落ちる。
自分で言っておきながら、意地の悪い言い方をしてしまったと明は後悔した。
ここに来て、数組のカップルがαとΩであることに気がついた。
首輪をしていない代わりに、首筋に歯形があるからだ。
『番』なのだろう。母の首筋にある歯形以外では、本物の証としての歯形は初めて見る。
βの自分には関係のないことだと、今まで意識的に気にしないようにしてきた。
昴と番になりたいと思っていた幸は、ここで番になっているカップルを見て羨ましいと思ったのではないだろうか。だから昴をここに呼び出したのかもしれない。
そうやって素直な気持ちを伝えられずに、わかりずらい態度だけで必死に昴を想っていた幸を思うと自分の中に芽生えた小さな感情なんて比べるのも申し訳ない。
そもそも、やはりΩはαと一緒になる方が幸せになれるのだろうと心の奥底では思っている。
それは、両親が幸せそうだからだ。
『番』になる事で、お互いしかいないという関係を確固として築ける。それは定期的な発情に苦しむΩを安心させる唯一の方法だ。
幸は、その相手として昴を望んでいた。それを知っているのに、俺は・・
「・・ねぇ、今すごいマイナスな事考えてる?」
昴が眉間に皺を寄せて明の顔を覗き込んだ。
「えっ?!」
肩をビクづかせて明が一歩下がる。
「べ、別にマイナスなことは考えてないよ・・」
「じゃあ何考えてたの?」
「・・・」
「明?」
「・・・いや、やっぱりさΩとαって特別だよなって思ってさ。俺はβだから、正直誰とどうなっても何も変わらないけどさ・・Ωは違うじゃん。もちろんβとも一緒になれるけど、一番いいのはαと番になることじゃん。だから・・」
「・・・」
俯く明を昴はじっと見つめる。それから明の言葉に続くように言った。
「だから、俺はやっぱり幸を選んだ方がいい?」
「・・・」
明がグッと息を飲むのを見ると、昴はハァと小さくため息をついた。
「やっぱり・・マイナスなこと考えてる」
「だから!マイナスじゃないって!幸にとっては大事なことだし・・」
「俺にとってはマイナスなことだけど?」
「え・・・」
「明は結局、幸のことを一番に考えようとする。だったら俺は?俺の気持ちのことは考えてくれない?俺が・・それを明に言われてどう思うか分からない?」
「・・・昴」
「それに何?明が誰かと付き合っても何も変わらないって。そんなの、俺は考えるだけで嫌だよ。明だけ変わらないつもりかもしれないけど、俺は無理・・」
「・・・」
こちらを見つめていた昴の表情が険しくなり明は思わず目を逸らした。
「幸とはちゃんと話したんだ。だから俺達が番になることはないよ。逆に、今更それを明が蒸し返したら幸が激昂するのが想像できるけど・・」
「・・ぅ、確かに・・」
幸の怒った冷ややかな顔が浮かんで明は顎を引く。
「ご、ごめん・・俺が、変に自信がないだけなのかも・・昴と向き合うことも隣いることも・・」
目の前の夕日に視線を向けながら、明は拳を握った。
「ずっと、昴と幸といたから・・自分だけ違うって思ってて。αとΩの間には入れないって卑屈に考えるのが当たり前になってた。だから昴が好きって言ってくれて嬉しいのに・・昴といて気分がいいのは、俺もαやΩみたいに選ばれる人間なんだって・・そう自信をもらおうとしてるだけなんじゃないかなって思っちゃって・・でもそれって全然誠実じゃないじゃん?」
「・・・俺は、それでもいいよ?」
「よくないよ・・!全然よくない!昴みたいにいい奴のこと利用するみたいじゃ・・」
明は大きな声で反論しようとしたが、その体を突然昴が包み込むように抱きしめた。
「・・昴!ちょっと・・」
昴の両腕の中で明はもがく。
「明は・・俺といてつまらない?嫌だ?」
「え・・」
「俺は明といて楽しいし嬉しい。小さい頃から、明といると嫌なことを忘れられるんだ。そう言うなら、俺だって昔からそうやって明を利用してたことになるよ」
「・・・」
「でも・・一緒にいたいってそういうことから始まるんじゃないかな?この人と居たいって選ぶんだ。俺は、昔からずっと明を選んでる・・」
「・・・昴」
「だから・・」
昴の腕の力がギュッと強くなる。
額を明の肩に乗せ、祈るように声を絞りだした。
「・・明も・・俺を選んで」
「・・・」
そう懇願する昴の姿に、明は昔の自分を重ねる。
最後の一人に残されて、寂しくて恥ずかしい気持ちを誤魔化すためにわざと大きな声で歌って笑ってはしゃいでいた。
でも、内心ではずっと選ばれたくて、選んで欲しくて・・そんな心の叫びをかき消すように無理やり声を絞り出していた、あの頃の自分。
けれど・・本当はもう選んでもらっていたのだ。
それなのに、気づいていなかった。
差し出されていた手を、呼んでくれていた名前を、自分の醜い嫉妬で見えなくしていただけだ。
「・・昴、顔上げてよ・・」
明が声をかけると、昴の肩がビクッと揺れる。
「顔、見て話したい。お願い」
「・・・ぅん」
消えそうなくらい小さな声で返事をすると、昴はゆっくりと顔を上げた。
不安そうな瞳を揺らしながら少しだけ明から離れる。
その姿を見つめると自然と視線は高くなった。
昴は、なんでも持っていると思っていた。
すらっと伸びた高い背も、難しい問題にもすぐに対応できる頭の良さも、誰にでも穏やかに真摯に接せられる優しさも。αはやっぱり違うんだなと。
けれど、今こんなにも心細そうな顔をしている。
選ばれることを求める姿は、きっと自分と何も変わらない。
αとかβとか、そんなものに拘って見ないふりはもう・・・
「俺も・・昴が、いい。昴と一緒にいたい!」
勢いよく言った言葉は思っていたより大きく響いた。
それに気がついて明の頬が赤く染まっていく。しかしここで止まったら伝わらないと、明はしっかりと昴を見据えて続けた。
「この気持ちが、昴と一緒って言える自信はまだないけど・・でも、俺も昴を選びたい」
「・・・」
「・・ダメかな」
明が言い終わると同時に、不安そうにしていた昴の瞳が柔らかく蕩けていくのがわかった。
「・・ダメじゃないよ」
震えながら口角を上げて昴が言う。
「嬉しい・・明が俺を選んでくれて・・ありがとう」
素直にお礼を言われ明は恥ずかしそうに頭を掻いた。
それから右手を昴の前に差し出す。
「うん・・俺こそ・・選んでくれてありがとう。これからよろしくな」
「・・・うん」
昴は差し出された明の右手を握手するように握りしめて笑った。
背後には沈みかけたオレンジ色が輝いている。
その眩しさに目を細めそうになったが、明は嬉しそうな昴の顔が見ていたくてそっと顔を近づけた。
二人の瞳が重なった瞬間、どちらからともなく唇が触れ合う。
優しくて暖かい、昴らしい口付けに明の心臓がドクンと跳ねた。
この胸の鼓動の意味をこれからちゃんと確かめていきたい。
昴がずっと与えてくれていたものを今度こそしっかりと受け止めて。
もし迷っても、きっと彼はまた大きな声で名前を呼んでくれる。
それに応えられる人間に、自分もなっていきたい。
ーーー
「今日、幸は基依と遊びに行ってんだ。この寒い中水族館だってさ」
昴の部屋に入るとソファにゆっくりと腰かけながら明が言った。
町の至る所でクリスマスのメロディが聞こえてくる季節になった。幸は基依と一足早いクリスマスデートらしい。
「そうなんだ」
微笑みながらも、心ここに在らずのような顔で昴が応える。
それを見て明は首を傾げた。
「・・あれ、気にならん?」
「え・・?」
「なんか、反応が薄いっていうか」
「・・・」
昴は一瞬黙った後、明に目を向けた。
「明は、俺と会うとまず幸の話をするなと思って・・」
「えっ・・」
驚いて目を丸くさせてから、明は「あぁ・・」と小さく頷いて笑った。
「確かにそうかも。昴の顔見るとまずは幸の話題をしなきゃって思っちゃって、つい・・」
「何回も言うけど・・俺が好きなのはー」
「あー、わかってるってー!」
昴の口を塞ぐように明の両手が覆う。
「もう長年の癖みたいなものだから!染み付いちゃってるだけ!」
「・・そうなんだろうけど、でも・・本当に信じてくれてるのか不安になる」
口に当てられていた明の手を取り、そっと包むように握りながら昴は不安そうな顔を向けた。
「うぅ〜・・さすがにもう自覚してるって。昴が俺のこと、その・・好きってことは・・」
恥ずかしそうにゴニョゴニョと言いながら明は目を逸らす。
昴がいつも真っ直ぐに感情をぶつけてくれることにはなかなか慣れない。
それでもやはり二人で過ごす時間は穏やかで楽しいものだ。
あれから、昴とは色々なところに遊びに行った。二人で出かけるのはどこか新鮮でどこか懐かしい、そんな不思議な気持ちになる。
その居心地の良さに明はいつしか愛おしさを感じていた。
—とは言え、今日はそんな穏やかな気持ちでもいられない。
なぜなら、昴の部屋で二人きりになるのはあの日以来だからだ。
あの日とはもちろん、昴と初めてセックスをしたあの日・・
明はソファに座りながら部屋の中を見回した。特段何か変化は見当たらない。
相変わらず広い部屋に物は少なく、どこも綺麗に整っている。
彼の普段の落ち着いた性格を表しているようだ。
「何か、ある?」
明が黙って部屋を見回してるのが気になったのか、昴は自身のベッドに腰掛けて聞いた。
「えっ!あ、いや・・久しぶりに来たなぁって・・・」
そこまで言って、自分で墓穴を掘ったことに気がつく。
「あっ!その、昴の部屋っていっつも綺麗だからすごいよな!このソファも昔からあるのに全然汚れてないし・・」
慌てて誤魔化すようにペラペラと喋ったら、再び墓穴を掘ってしまい明は顔を真っ赤に染めた。
このソファと言えば、昴とセックスをした場所だ。昔からある思い出の場所でとんでもない事をしてしまったと改めて思った。
「・・・」
耳まで赤くして明が俯いていると「明・・」と昴が名前を呼んだ。
「こっち来て」
「え・・・」
昴が手を差し出して待っている。明はソファから立ち上がると、その手を取ってストンと昴の隣に移動した。
「・・明、もしかして緊張してる?」
「えっ!」
明は顔を上げて昴を見たが、すぐに真正面に向き直すと口を尖らせた。
「あ、当たり前だろ。だって、昴の部屋くるのあの日以来だから、その・・色々思い出しちゃって・・」
「・・・」
「す、昴はいつもの自分の部屋なんだろうけど・・」
「・・そんなことないよ」
昴は明の手をそっと自身の口元に持っていく。
それからそっと手の甲に口付けをしながら言った。
「あの日からずっと、この部屋に入るたびにあの時明にしたことを思い出してる」
「え・・・」
「明を自分のものにしたいって気持ちで夢中で抱いたけど・・本当はもっと、ちゃんと気持ちを伝えながら抱きたかったなって・・」
「〜っ・・・」
明は下唇を噛みながら昴を見つめる。それから意を決して目を瞑ると、自分から昴の唇に勢いよくキスをした。
少しだけ歯が当たり「いて」と呟いて離れる。
その間、昴は目を見開いて固まったままだ。何が起こったのか、理解が追いついていないような顔をしている。
「・・・明?」
「あのさ!ここ来るたびにそんな後悔してますって顔されるの嫌だから!だったら今から上書きしよ」
「え・・・」
「ほら!昴!」
明はそう言うとやにわに服を脱ぎ始める。
「ちょ、ちょっと待って、明」
慌てた顔で昴が明の腕を掴んだ。
「お、俺は別にそんな・・」
「そんなつもりないって?本当に?」
「・・・」
「今日、遊びに来ない?って聞いたのは昴じゃん。こうゆうことするつもりなはく誘ったの?」
「・・・それは」
「昴・・」
明は上半身を露わにした状態で昴を見つめる。
昴は頬を赤く染めると、観念したかのように小さく息を吐いて明の体を両手で強く抱きしめた。
「こういうこと、本当はすごく期待してた。明がいいなら・・」
「・・・」
昴の心臓の速さが身体から伝わってくる。明は同じ力で返すように昴の背中に手を回して言った。
「いいよ。当たり前じゃん・・」
——
「明、目開けて・・」
昴から与えられる快感に悶えキツく瞳を閉じでいたら、息がかかるくらいの距離で声が聞こえた。
恐る恐る目を開けると、熱を帯びた昴の瞳と視線が重なる。
「・・・ぅう・・恥ずかしい・・」
明は右手で顔を隠そうとしたが、その手首は掴まれ顔の横に縫い止められた。
「お願い・明の顔見ながら抱きたい・・」
昴は自身の熱い起立を明の中でゆっくり動かしながら、乞うように言った。
「で、でも初めての時と違って、なんか・・すごい変って言うか・・俺、ヤバくない?」
顔を真っ赤にさせている明の瞳に少しだけ涙が滲む。昴に抱かれている自分の姿がおかしなものに見えている気がして、恥ずかしさで消えてしまいたい気分だ。
こんな霰もない姿をして、さらには他人には絶対に見せない部分を曝け出している。
普段の生活ではまるで考えられない。
「明、すごく可愛いよ。大丈夫・・」
昴はそう言いながら、明の首筋から鎖骨にかけて唇を這わせていく。
「ぅ・・ぅん・・あぁっ!」
鎖骨から流れるように下の胸の突起を吸うように刺激され明は大きな声をあげた。
そんな自分の声に羞恥を感じ、明は下唇を強く噛んだ。
「・・ダメ。そんなに強く噛んだら血が出ちゃう・・」
昴は明の耳元でそう囁くと、自身の舌で明の口をこじ開けていく。
「ぅう・・すば・・」
声を出して止めようとしたが、暖かい昴の舌に口内が支配され明は息をするのがやっとの状態だ。
「・・ふっ・・・ぅう」
唇の端で息を吐きながら明は目を瞑った。
その間にも昴のものが明の中でゆっくりと動き、どちらに神経を配ればいいのかよく分からなくなる。
「明・・俺のこと、見て」
そっと離れた唇から昴の声が落ちてきて、明はゆっくりと目を開けた。
先ほどと変わらない、熱を帯びた昴の瞳と目が合う。昴は少し眉尻を下げて微笑むと明の頬を撫でながら言った。
「・・初めてした時、俺、明の目を隠したでしょ?」
「・・え」
「あの時明は迷ってたよね、俺に抱かれること・・けど、俺は焦ってて・・チャンスを逃したくなくて無理やり明の目を隠して、迷いを断ち切らせたんだ・・」
「・・・」
「ごめん。卑怯なことをして・・」
「昴・・・」
「だから、今日はちゃんと明の目を見て抱きたいんだ・・気持ちが、一緒だって確認しながら」
繋いでいる手に力がこもる。
しかしどこか昴の瞳は不安げだ。
明はそんな昴の様子を見てふっと笑う。それからその手を握り返すと小さく頷いて言った。
「うん。大丈夫。俺も昴と同じ気持ちだよ」
荒い息遣いを耳元に感じながら、明は昴の欲を全身で受け止める。繋がっているところは熱く蕩けていて、まるで昴との境界線は無くなってしまっているようだ。
「・・はぁ・・明・・め、い・・」
「あっ・・・ぅん。あっ・・・あぁ」
「ふっ、ぅ・・めい・・め、い・・ごめん・・・でそう・・いい?」
「・・ぁっ・・ぅん。うん、すばる・・いいよ・・だい、じょぶ・・」
喘声の中から絞り出すように明が応えると、昴の肩がビクンと揺れ熱いものが流れ込んできた。
「ふぁ・・・あ、あつい・・」
明は呆けたような顔で昴を見つめる。
頬を紅潮させ汗を滴らせながら、昴は優しく唇を重ねた。
「ぅ、うん・・昴・・」
「・・ありがとう・・明」
口付けをしながら昴はお礼を言う。
「俺のこと・・選んでくれて。俺と繋がってくれて・・」
「・・・昴」
涙なのか、それとも汗なのか。明の頬を一粒の滴が濡らした。
その温かさを感じ、胸がギュッと締め付けられる。それは愛しさからくる苦しさだ。
昴が好きだ。本当に・・心から。
今なら、迷うことなく自信を持って言える。
明は昴の背中に両手を回すとキツく抱きしめた。
「俺の方こそ、ありがとう・・」
この温かくて広い背中を離したくない。
例えばこの先、αである彼には運命が待っているかもしれない。それはαで生まれた以上抗えるものではない。
だから、もしもその時が訪れてしまったとしたら、今度は俺が頑張るよ。
君が選んでくれたことを、自信に変えて。
運命にも勝てるように、大きな声で名前を呼ぶから。
「昴が欲しい」と。
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