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第13話 夏休み④

 しかし公園の入り口に来て、その笑顔はかき消された。  おちゃらけたようにパラパラと騒がしいクラクション音が後方から響いてきて、なにごとかと振り返ろうとすると、猛スピードの二台の単車に追い越された。  風が起こり、先を歩いていた子どもたちも驚きながら道を開ける。 「ここ、車両進入禁止だぞ」  三澤の眉間に皺が寄った。  子どもたちのほうにふたりで駆けていくと、中ほどの広場で単車が蛇行運転を始めており、先に花火を楽しんでいた家族やカップルも困惑している様子だ。 「言いに行ってくる」  繋いだ手がほどけた。三澤は翼と子どもたちにそこで待つように言うと、奇声を上げながら蛇行運転を続ける単車に近づいていく。 「三澤君、危ないよ!」 「大丈夫、待ってろ」  三澤は横顔を見せて手を上げると、行ってしまった。  翼は背に嫌な汗がにじむのを感じながら、子どもたちと見守ることしかできない。  三澤が単車の男たちに声をかけ、公園の出入り口の看板を示すと、相手ふたりは大きな声で三澤を罵倒した。けれど三澤の体のほうが大きく、ひるみもしないので、単車を降りてふたりがかりで暴力を振るおうとする。 「三澤君!」  とても怖かった。漫画やドラマでは見てきたが、翼が実際にこんな場面に遭うのは初めてだ。  けれど子どもたちが震えていて、周囲にいる人たちも固唾を呑んでいる。  どうしよう、どうしよう……そうだ!  はたと翼の頭の中に漫画のワンシーンが浮かんだ。敵対する不良グループに襲われたヒロインを救おうと現れたヒーローが窮地に陥ったとき、ヒロインが叫ぶシーンだ。 「お、お」  頑張れ、声を出せ、と自分に言い聞かせて、左手のラバーバンドを握りしめる。  ──レッドレオニー。僕に三澤君を守る力をください。  すうっと息を吸い込み、下腹に力を入れた。 「おまわりさああああん! こっちです。こっちで暴力を振るってる人がいまあああす!」  それから公園入口の茂みに走り、やたらめったらに植え込みの木を手で揺らした。  こうしたら警官が走ってくるように見えるかもしれない。  夢中だった。必死に揺らして、「お巡りさん、早く!」ともう一度叫んだ。  すると単車のエンジン音がしたかと思うと、反対方向へと去っていく走行音がした。裏門の方から逃げたのかもしれない。  茂みから出て公園広場が見える位置まで戻る。やはり単車のふたりは去っていて、三澤が駆けてきている。 「三澤君!」  無事だった。殴られた様子もない。 「大塚……!」  だが三澤も怖かったのだろうか。泣きそうな顔をしている。  もう大丈夫だよ。そう言ってあげたくて、翼もつい駆け出そうとした。 「走るな! 俺が行くから!」  けれど三澤に制されて、ビクリと肩を揺らして立ち止まった。そういえば、大きい声を出して茂みを揺らしたせいか、少し心拍が速くなっている。  翼は胸に手を当てて、深呼吸をしながら三澤を待った。 「わっ」  子どもたちの前を走り抜け、翼の元にやって来た三澤にぎゅっと抱きすくめられる。  大きな背中は少し震えていた。やはりさすがの三澤でも怖かったのかもしれない。  翼は腕を回して、筋肉が盛り上がるたくましい背を撫でてみる。 「もう大丈夫だよ、三澤君」 「大丈夫じゃねえ。頼むから無茶しないでくれ!」  怒鳴られた。しかも無茶をしたのは三澤のほうじゃないかと思う。 「あいつらが臆病じゃなかったら大塚に向かってきてたかもしんねぇんだぞ! 俺のせいでそんなことになったら……」  怒りにも悲しみにも似た声を放ちながら、翼の肘を持って体を離し、顔を見てくる。  瞬間、泣きそうに歪んでいた顔に驚きの色が加わった。 「大塚、頬が……腕も……」 「頬? 腕? あ」  言われてみれば、右頬と前腕の数か所がヒリヒリする。腕に視線を運ぶと、木の枝に引っ掛けたのだろう、いくつか擦り傷があった。少しだけ血がにじんでいる箇所もある。 「怪我したのなんていつぶりだろう。すごい、名誉の負傷だ!」  高校生になってからこういう傷ができる機会は少ないだろうが、自分が健康な子みたいに思えるし、勲章のようにも見える。  翼は嬉しくて微笑んだが、三澤の顔はどんどん歪む。 「……帰るぞ」 「あ、うわわわ」  ぐい、と引っ張られ、横抱きにかかえられた。 「凜音、獅央、緋王、大塚が怪我したから帰るぞ!」  三澤が妹たちを呼び、翼を抱きかかえたままで公園を出ていこうとする。 「……や、ちょっと、三澤君待ってよ。……嫌だ!」 「こ、こら、暴れんな大塚」  翼はバタバタと足を動かし、三澤の胸を押して腕から降りようと試みた。 「花火、絶対にして帰る。三澤君と、三澤君たちと花火をするんだから!」  子どものようだと思う。それでも、楽しみにしていたから。  三澤とする誕生日の花火を、すごくすごくすごく楽しみにしていたから。 「なに言ってんだ。怪我してるんだぞ」 「これくらい平気だよ。頑張ったんだし、誕生日なんだから、花火させてよ……」  情けない。涙声になる。けれど気持ちが通じたようだ。 「……胸は? 苦しさは?」  三澤は息を大きく吐くと、翼をかかえ直しながら聞いてくれた。 「大丈夫! もうドキドキしてないよ!」 「わかった。じゃあ怪我だけはもう一度見せろ」  やっと降ろしてもらえて、顔や体を点検される。ジーンズを履いていたし、腕を使ったから、足は大丈夫だ。 「翼君、これ」  そばに来た凜音がハンカチを出した。翼ではなく三澤が受け取って、翼の頬をそっと押さえる。 「大丈夫だってば……」  三澤の手を止め、そっぽを向いた。ごく軽い擦り傷だからもう血も止まっているし、なにより三澤の顔が今までになくすぐ近くにあって、落ち着かないのだ。 「翼君、大丈夫?」 「あ! うん! 大丈夫だよ。花火しよう!」  弟ふたりも来て心配そうにしてくれ、それで三澤の視線と手から逃げることができた。  翼は弟たちと妹に声をかけて、広場の方へ向かう。少しすると、三澤もやってきた。  それでやっと花火が始まり、三澤に何度も気遣われながらも、翼は花火を楽しんだ。

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