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第6話 キスはノーカンで
円は智颯の体を抱き上げた。
一見して華奢に見える智颯の体は程よく筋肉がついて、見た目より重い。
ソファに腰掛けて、智颯の体を膝の上に乗せる。
「智颯君、さ。俺と、もっとエッチなこと、してみたくない?」
智颯が顔を真っ赤にして口をハクハクさせている。
震える智颯の腰を引き寄せて、股間を密着させる。
硬くなった智颯のそれと円のモノが擦れ合って、気持ちがいい。
「んっ……」
きゅっと目を閉じた智颯の顔に快楽が滲んだ。
「俺は草だから、そういうのは一通り教えてあげられるよ」
「草って、そういう、仕事も、あるの、か?」
震える声で懸命に話す智颯がエロ可愛すぎて、理性が飛びそうになる。
(めっちゃ勃ってるし、今すぐめちゃくちゃに犯してぇ)
興奮する気持ちを、草の自制心で耐える。
「時々ね。俺は滅多に行かないけど。色々知ってたら、恋人ができた時、色んなことしてあげられるよ」
すっかり忘れていたが、智颯には想い人がいた。
直桜様とかいう最強の惟神だ。
恐らく歳上だろうから、恋人になったらきっと、智颯が色々してもらう立場になるのだろうが。
「円は、僕と、そういうこと、したいと思う?」
悩まし気に息を吐いて、智颯が首を小さく傾げた。
円の心臓がドラムロールの勢いで早鐘を打った。
(今の仕草、何⁉ エロ可愛すぎる! したいに決まってんだろ! 初回から中イキメスイキ潮吹きくらいまでは天国味わわせてやんよってくらいには抱きてぇわ!)
イキまくって前後不覚になっているエロ可愛い智颯を愛でたい。快楽に堕ちまくる智颯を想像しただけで、股間が疼く。
しかし草の自制心は、まだ健在だ。
「俺は、智颯君が好きだもん。したいよ。智颯君は、どう?」
「円のことは、好きだ。これが友情か恋愛感情かは、まだ、わからない。でも、円に触れてもらうのは、とても気持ちが良くて、好きだ」
智颯が円の首筋に顔を添わして、ぴたりと抱き付いた。
ドラムロールだった心臓が脈を打ちすぎて心房細動を起こしそうだった。
「えっと、とりあえず、抱き締めていいですか?」
空を彷徨う両手をワキワキしながら問う。
「ぅん」
甘えるように響いた返事が、どう考えても可愛すぎて、円は智颯の体を抱き締めた。
(やべぇ、勃起した推し抱いてる。いい匂いする。めっちゃ甘えてくるんだけど、どうしたらいい)
「こういうことしている時の円は、流暢に話せるよな」
「え、あ、言われてみれば、そうかも」
自分では気が付かなかったが、確かにちゃんと話せる。
心の声と同化しているせいかもしれない。
「仕事以外でも、円は誰とでもこういうこと、するのか? 好きじゃ……、恋人じゃなくても、気にしない?」
「仕事以外なら、しないかな。どうせするなら、好きな子としたいし、できれば恋人がいい」
多分、自分は好みがうるさい方だと思うし、そこまで盛ってもいない。
相手が智颯 でなければ、ここまで積極的にもならなかった。
「じゃぁ、もうちょっと待ってくれないか。僕はまだ、諦めきれない人がいて、そういう中途半端なままで、円とそういうことはしたくない」
なかなかに智颯らしい返事だと思った。
(ここまでしても流されないのは、流石智颯君て感じだけど。ん? もうちょっと待って? とは? 何ぞや? 直桜様を諦めるってこと?)
泊まりの研修の時の寝言や、普段から直桜様を語る智颯の様子から察するに、智颯の直桜様への愛は深海より深い。そうそう諦めきれるとは、思えないのだが。
甘く考えて智颯が直桜様を諦めたとして、その愛情が次に自分に向くなんて都合よくも考えられない。
「あの、もしかして、直桜様?」
一先ず、軽く確認してみる。
智颯が顔を上げた。驚きの表情で円を見詰めている。
「寝言で、愛していますって、言ってたよ」
空気の抜けた風船のように智颯が縮んで円の胸にリターンした。
「同じ集落の人、なんでしょ? 諦めないといけないの?」
「僕如きじゃ、相応しくない。きっと選んではもらえない」
智颯が円の服をぎゅっと握る。
(もしかして、智颯君が今までしてきた努力は全部、直桜様に選んでもらうためだったのかな)
少しだけイラっとした。直桜様とやらへの、些細な嫉妬だ。
しかしそれ以上、否、九割九分九厘くらいは感謝の気持ちだった。
(貴方様がいてくださったお陰で智颯君はこんなに素敵な男の子になりました。感謝します、直桜様。会ったこともないけど)
「選んでもらえるかもよって、言ってあげるのが正解、なんだろうけど。智颯君が選ばれないように願うね。俺は智颯君が好きだから」
願うくらいは自由だ。本当なら推しの幸せを願うべきなのだろうが、自分はそこまで良い人ではない。
智颯が感心したような、驚いた顔で円を眺めている。
「すごく長く、しかも流暢に話せたな、円。やっぱり円は、出来るんだよ」
「え? そっち? 今の話の流れで?」
お互いに驚いた顔をしていて、思わず吹き出した。
智颯が思いつめた顔で俯いた。
「僕は、好きでもない相手とは、キス、とか、それ以上も、きっと出来ないし、したくない。でも円とは、その、嫌じゃない。だから……」
智颯が不自然に言葉を切った。
俯いて、顔を顰めている。
(……え? それは、どういうこと? つまり、え? 俺のこと、好きって言ってる?)
あまりに二次元めいた展開に、脳が追い付かない。
(ゲームなら有り得る展開だよね、うん。台詞の選択肢選び成功したとか、イベントクリアしたとか……。俺、智颯君のイベント、何かクリアしたっけ?)
二次元脳が次の台詞の正解を必死に検索している。
草の自制心とヲタク脳が、円の心に正解を導いた。
「待ってるよ。智颯君の気持ちが、俺に向くまで、待ってるから」
恐らく智颯が言いたかったのであろう言葉に、返事を返してみた。
「でも、円に他に好きな人ができたら、その時は僕なんか気にしないで」
「出来ないよ。他に好きな人なんか、出来るわけない」
「そんなの、わからないだろ」
半笑いで自嘲した円に、智颯は至極真面目に返す。
「俺ね、智颯君に会うまで二次元にしか恋したことなかったよ。初めて智颯君に会った時、理想が二次元から飛び出してきたのかと思った。だから智颯君以外の人なんか、絶対に無理だし、要らないよ」
智颯の存在は円にとって奇跡だ。自分の理想が三次元になど、そうそう現れるわけがない。円の三次元は智颯ルート一択だ。
円を見詰める智颯の目が歪んでいる。泣きそうな、どこか感動したような顔をしている。
「ヲタク、引いた?」
智颯が、ぶんぶんと首を大きく振った。
「円がどんどんちゃんと話せるようになってて、感動して。こんなに長く話したの、初めてじゃないか?」
「そっちかぁ」
確かにその通りだが、今の会話で円が欲しかった返事は、それじゃないと思った。
「二次元だって、良いと思うぞ。趣味の話だろ? どうして引くんだ? 僕が尊敬する直桜様は俗にいう腐男子だし、そういうのは他人が評価するものじゃない」
智颯が、きっぱりと言い切る。
何となく納得できた。智颯が男色に抵抗がないのも、直桜様の影響が大きいのだろう。
(どこまでも感謝します、直桜様。会う機会があったら、俺も直桜様って呼ぼう)
「俺も会ってみたい。智颯君が憧れる大好きな直桜様がどんな人か、知りたい」
「誰よりも強くて高貴な方なのに、下の者を慮ってくださる優しい方なんだ。僕も、直桜様に円を紹介したい」
直桜様を語る智颯の目には、憧憬と、やはり少しの恋情が浮いて見えた。
「もし会えたらちゃんと挨拶するから、出来たらまた褒めてくれる?」
智颯の背中を抱き包む。
「褒める。頭を撫でて、いい子いい子する」
智颯が手を伸ばして、円の頭を撫でる。
とてもくすぐったくて、心がこそばゆい。
「これからも、ちゃんと毎日、円を褒めないとな。仕事し過ぎないように」
「あ、それ、違う。智颯君に、もっと褒めてほしくて、頑張ってただけだから」
抱きかかえられたまま智颯が円を見上げた。
気まずくて思わず目を手で覆った。
「じゃぁ、これからは、僕にも仕事を回して、適度に仕事ができたら、御褒美」
智颯が円に手を伸ばす。
唇に唇が触れて、柔らかな舌が上唇をなぞった。
「これで、どうだ? 円みたいに上手には、出来ないけど」
顔も耳も真っ赤なのに、智颯は円を真っ直ぐ見詰めている。
「恋人じゃないのに、いいの?」
「もう、何回もしてるだろ。その……ちゃんとしたキスは、円が初めてだから、円となら、してもいい」
ちゃんとしたキスとは睡眠時キス魔を除いて、という意味だろう。
初めて、という言葉に心が躍った。
(やっぱり初めてだったんだ。何も聞かずに奪ったの、俺だもんな)
申し訳ないと思っても、嬉しいのだから仕方がない。
「毎日、適度に仕事する。智颯君にキスしてもらえるように、頑張る」
「頑張らないための約束だろ。目が充血してたら無しだぞ」
「頑張らないように、頑張る」
この先がどうなるかなんて、わからない。
円にとってはそれでも、幸せな今だった。
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