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第6話
「だから、私は絶対にハオランどのに抱かれたくないのだ。彼以外の男に抱かれるなど、虫酸が走るほどに嫌なのだ。この身体は、彼のものなのだから……」
キーシャオは身悶えるように自分の身体を抱きしめていた。身体を疼かせておられる……どうしてだろう。シュンリュウにはキーシャオの状態が手に取るようにわかった。呼応するように、シュンリュウの下腹もずくんと疼く。
(あ……)
シュンリュウはたちまち頬を染めてしまう。胸を過ったのは、自分を助けてくれた旅の男、蜜柑の君だ。
(僕はやっぱり、あの方に恋していたんだ……)
こんなかたちで知ることになろうとは。シュンリュウの密かな動揺など知らず、キーシャオはたたみかけてくる。
「おまえ、発情は? もう誰かの手がついているのか?」
あからさまな問いをぶつけられ、シュンリュウはますます赤くなる。
「発情は迎えました。ですが、この身体は、誰にも許しておりません……!」
キーシャオもまた紅潮した顔で、不敵に笑う。
「それを聞いて安心した。おまえに頼みたいのは、ハオランどのとの閨での替え玉だ。つまり、閨で私に代わってハオランどのに抱かれてほしいのだ」
「ね、閨で?」
替え玉だろうということは予想していた。だが、まさか閨でキーシャオの代わりにその皇太子に抱かれるだなんて……!
「そ、そんな、キーシャオさまのお気持ちはわかりますが、私にはそのような経験がありませんし、怖れ多くも皇太子さまとそんな……」
「オメガの路が未通だからこそよいのだ。花嫁は未通でなければならぬ」
「で、でも」
「ハオランどのは高位の身分であれど、気さくで、優しく闊達な方だと聞いている。決して無体なことなどされぬだろう。だから、おまえはただ身をあずければよいのだ。すべてハオランどのに委ね、そして私の代わりにアルファの男児を産んでほしい。大丈夫だ。我々男オメガはアルファの男児を産むことができる。だからこそ妃にと望まれるのだ」
抱かれるだけでなく子を産めと……?
シュンリュウは目を見開き、口もあんぐりと開けて、キーシャオの顔を見つめた。とにかく混乱していた。世継ぎを産むなどと、そんな、そんな……。
「そ、それでは皇統に平民の血が混ざってしまうではありませんか。そのように怖れ多いこと……」
「ファン国の血筋など、私の知ったことではない。あとは私が上手くやる。だからシュンリュウ、おまえはハオランどのに可愛がられて子を産めばよいのだ」
そんなの、もし気に入ってもらえなかったら……。いや、それ以前にこれは身売りだ。男娼館の主に身を売るのと同じ……。
シュンリュウは涙を堪えながら訴えた。
「正直、今までにこの身を買ってやろうという者もおりました。ですが私は、身を売ることだけはするまいと思ってきたのです。それなのに、可愛がられて子を産めと、そんなに簡単に言わないでください……っ」
オメガとして密かに守ってきたこの身体。いつか、愛し愛される人に捧げ、子を産みたいと思っていた。それなのに。またあの男の顔が頭に浮かぶ。見事な体術で舞うようにして悪人たちを退けたあの姿、無頼漢に見えながら爽やかで、嬉しそうに蜜柑をもらっていったあの笑顔――。
「ううっ……」
シュンリュウはついに涙を落とした。皇子にはわかるまい。平民に、自分の代わりになって見知らぬ男の子を産めなどと言えるのは、傲慢だということを。
その様子をキーシャオは扇をひらひらさせながら見守っていた。ややあって、口を開く、それはこれまでよりも穏やかな声だった。
「誰か好いた者がいるのか?」
「そっ、それは名前も知らない人だから……また会えるなんて保証もないけど……っ」
もういいや、シュンリュウは皇子に気持ちをぶつけた。口調もかまわなかった。この横柄な皇子に、平民にも誇りと希望があるのだということを知らしめてやりたかった。
「それは悪かった」
(あ、謝った……?)
「なんだその顔は」
「キーシャオさまが謝られたので」
「私とて謝ることくらいあるわ」
キーシャオは少しばかり膨れっ面だった。その顔が可愛く思え、シュンリュウは幾分、心が軽くなるのを感じた。
「そこまで考えてはいなかった。だが、その者と二世を誓ったわけではないのなら、そして、また会えるかどうかもわからないのなら、敢えて私はおまえに頼みたい。どうか、我が閨の替え玉妃として……」
キーシャオは居住まいを正し、ぐっと頭を下げた。膝の上の拳には力が入っている。
「ハオランどのは良き御方だ。閨ではおまえを大切にしてくださるだろう。おまえの普段の生活も快適であることを約束する。そして――」
その表情は真剣だった。キーシャオに見つめられる。その目に、同じ顔の自分が映っていた。
「おまえの母親の今後については心配無用だ。施療院に入れ、最上の看護と治療を約束する」
「キーシャオさま……」
母親の世話もしてやろう、と男娼館の主たちも言った。だが、シュンリュウは信用できなかった。だが今回は今実際に、自分が留守の間の母の看護をしてくれているのだ。キーシャオの言うことは間違いないと信じることができた。
シュンリュウは顔を上げた。吹っ切れたのだ。蜜柑の君には、もう二度と会えない可能性が高い。今の自分が愛するものは母だけだ。母を大切にしてもらえるならば……。
「母のことをよろしくお願いいたします。それならば、キーシャオさまの命に従いましょう」
「おまえ、本当によいのだな? 顔も知らぬ男に抱かれることになるのだぞ? ましてや子を……」
きっぱりとした答えに、キーシャオの方がとまどっていた。シュンリュウは笑顔で答える。
「私に命令していたのはあなたさまの方ではありませんか」
「それはそうだが……」
「このままでは母の命はありません。そして同じ身売りならば、毎夜誰かに玩具にされるよりは、誰かの役に立った方がいいです。同じ顔のキーシャオさまに出会ったのもきっと何かの縁でしょう」
「縁か……そうだな」
「閨では、ハオランさまのお顔に、恋した御方の面影を貼りつけます」
「おまえ、なんという怖れ多いことを……」
「それぐらいは許されるでしょう」
シュンリュウはにっこりと笑う。目の前では同じ顔の皇子がたじたじとしている。百面相を見てるみたい、とシュンリュウは可笑しく思った。決めてしまったら、心にそんな余裕も生まれたのだ。
「では、早速出立の準備を始める。おまえはもちろん、私に随行してファンに渡るのだ」
「はい、心得ております。ただ、母が施療院に入るのを見届けてからにしてください」
「わかった」
キーシャオははっきりと答えた。
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