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第23話

 風吹は激しく腰を動かし、菫は風吹の腰に自分の脚を絡めた。二人は見つめ合い、いつまでも揺れ続ける。  僕の頬は滝のように流れる涙で濡れていた。やめて、風吹。それは僕じゃない。僕はここにいるよ。ここにいるのに……!  声は音にならなかった。見たくないのに、僕は天井の辺りに浮いたまま二人を見ている。体勢を変え、向かい合わせに起き上がった二人は抱き合いながら腰をすり合わせている。  風吹の大腿に菫からあふれ出た愛液が垂れて行くのが見える。洗浄の必要もなく、ローションで滑りを良くする手間もなく、自らの体液だけで男を受け入れられる菫。  僕は羨ましくて心が千切れそうだった。女の子だったら──女だったら良かったのに。  違う……そうじゃない。最初から菫が残れば良かったのに。僕が、僕こそがこの世界からいなくなれば良かったのに……。  僕はギュッと目を閉じた。もう二人を見ているのが耐えられなかった。目の前が暗くなるのと同時に、ぐらりと落ちて行く感覚に襲われる。僕は甘んじてそれを受け入れた。  深い深い地の底へ。底の底へと落ちて行く。もう二度と戻れなくていい。僕以外のひとと幸せになる風吹を喜べない僕など、地底で()ちてしまえばいい……。  頬をくすぐるような柔らかい感触で、僕は目覚めた。今度は浮いている感じはしなかった。フットライトのほんのりした灯りに照らされたコテージのベッドルームが見え、後ろには風吹の体温が感じられた。 「桜……? 大丈夫か?」  頬っぺたに感じたのは風吹の指だった。僕は泣いていて、腕枕をしてくれている風吹の左の二の腕を濡らしていたらしい。  自分の頬を手で拭って、本当に泣いてしまったんだと気が付いた。さっきまで見ていたのは夢だと分かったけど、細部までよく覚えていた。いやにリアルで生々しい夢だった。 「どうした? 気分が悪いのか?」  風吹が心配そうに訊いてくる。僕は夢の中の風吹と菫のセックスを思い出して、またじんわり涙が出た。でも風吹には心配かけたくない。僕は首を横に振った。 「……違う。なんか多分……幸せ過ぎて、信じられなくて……」  ほ、と風吹が安心したように息を吐いた。 「俺も、夢みたいだ。実は今も現実感がない」 「……そうなの?」  僕は風吹の方を向いた。ベッドに据付られたデジタル時計を見ると二時を少し回ったところだった。 「──俺……膣イキが出来なくてさ」  僕を左腕に抱いて自分に引き寄せてから、風吹が言った。僕はちょっとビックリした。膣……ってことは、風吹はやっぱり女性経験があったんだ。 「聞きたくないか? なら話さないけど」 「……ううん。聞きたい。話してくれるなら嬉しいよ」  風吹は僕に顔を近づけるとキスをした。 「桜に中学の頃、浅川先輩の話したことあったよな?」 「浅川先輩? うん、覚えてるよ。確かおうちに遊びに行ったって言ってたよね?」 「そう。どうしても来てほしいって言われたんだ。中学で弓道部入った時から、なんかすげえアピってくんなとは思ってた。でも俺は全然乗り気じゃなくてさ。何度か断ったんだけど、()(づる)の余ってるやつがあるから取りに来てって言われて……」 「そうだったんだ。ずっと前、二回くらい行ったって聞いた気がするけど……」 「ああ。一回目に行った時は部屋に通されて、ジュースとか手作りのクッキーとか出された。先輩は替え弦の事忘れたみたいに全然違うことごちゃごちゃ話してて、座ってる俺の隣に来たんだ。やたら距離ちけーなとか思ってたとこで、先輩の親が帰って来てさ」  風吹は思い出すのも不愉快そうに言った。 「とりあえず、その日はそれで帰った。で、何日か後にまた浅川先輩から弦を取りに家に来いって言われたんだ。そん時、親はいなかった。親の帰りは遅いから大丈夫って先輩が言ったよ。俺……」  風吹が言い(よど)む。僕は黙って続きを話してくれるのを待った。 「正直、弦のことなんかどうでも良かったんだ。俺は、先輩が俺と寝たいって思ってるのを分かってて、家に行った。行けばそういう事になるって、どこかで理解してた。案の定、先輩は俺に迫って来た。女の子に興味あるでしょ? 触っていいよって」  風吹は僕の手を握って自分の胸の上に乗せる。そして指と指を(から)めた。 「先輩は俺をベッドに座らせて、ズボンを下ろさせた。そんで割と慣れた感じで俺のを(くわ)えたんだ。俺は目を閉じて、感触だけに集中したよ。実際、先輩フェラ上手くてさ、バキバキに()った」  僕は無言だった。風吹はなんとなく、不安そうに僕の目を覗き込む。 「ごめん。嫌だよな? こんな話」 「ううん。嫌じゃないよ。大丈夫」  その気持ちは正直なものだった。もう結構前の話だし、風吹は今、先輩と付き合ってる訳じゃない。まぁ、その当時も付き合ってなかった訳だけど。  風吹は僕の手を握っていない方の手で、僕の頭を撫でた。

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