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第67話

 確かにそうだ。若者がスマホを使う事に関して大人は(なん)やかや言うし、時に禁止させようとする動きもあるが、スマホがないと成り立たないように推進(すいしん)しているのも当の大人たちだ。連絡も各種申し込みもスマートフォンから……という事が増えすぎていて、持っていないと生きていけないのではないかとすら思う。葵くんが無理をしてでもスマホを手に入れたい気持ちも理解できるなぁと思った。 「色々大変だね。僕、あんまり力になれなくて申し訳ないけど、応援してるからね」 『桜はいっぱいオレの力になってくれてるよ。こうやって話聴いてもらえるだけでも、めちゃ気持ち楽になるし。また連絡もいい?』 「うん、もちろん」 『ありがと。この通話料もガッチリ取る鬼医者が後ろで見張ってるからまた後で』  そう言って葵くんは電話を切った。とりあえず、葵くんは学校に行けるくらい元気になったので安心した。風吹にもそれを伝えたら「良かったわ」と言って笑ってくれた。そして何だかよく分からないけど熱烈なキスもしてくれた。僕は嬉しくて幸せだった。  数日後、葵くんからLINEのメッセージが来た。『スマホ買えた』『毎日スゲー忙しい』という連絡だった。 『オレ人の顔覚えるの得意じゃん?』と葵くんが続ける。 『患者さんの名前も忘れないし』 『喜んでもらえてる』 『なんか嬉しい』  連投される葵くんのメッセージからは今の生活の充実が感じられた。僕は『やっぱりすごい才能だよ』と返事した。それから『今度遊びに行くね』と伝えた。  でも電車に揺られている今日この日まで、葵くんと進藤先生の所へ訪れることは出来ていなかった。  大学は三、四年生あたりになると取る講義の数によっては週に数回しか学校に行かなくてもよくなるらしいが、一年生の今現在は必修科目も多く、毎日学校に通い課題をこなす日々だ。部活動もそれなりに忙しいし、風吹のようにバイトも入れていると一日の予定が朝から夜までギッシリ詰まっていることも珍しくない。  僕は相変わらず、急に熱を出して寝込むことがあってバイトは出来なかった。それに元々要領が悪いから勉強にも時間が掛かる。少しでも時間が出来ると面打ちもやりたくて、葵くんの事は気になりつつも会いに行く機会を持つことが出来なかった。  電車に揺られながら窓から外を見ていると、季節の移ろいを感じた。木々の葉は濃い茶色になり、落葉樹は枝を見せているものも多い。ラブホテルで風吹と夢中で繋がった夏の日はついこの間みたいなのに、忙しい日々の中、季節は確実に移り変わっていた。  ここまでの間に、拓さんとも何度も話をした。拓さんは時々、弓道の練習をしに道場まで来ることがあった。部員にお菓子の差し入れをしてくれたりして、学生の皆ともかなり打ち解けてきていた。普段ほぼ姿を見せない顧問の教授には、時々練習に混ぜてもらうことに了承を得ているとも言っていた。  主将の時任さんとも弓道談義に花を咲かせ、お互いの射形や手の内の形、つのみの加減についても語り合っていた。時任さんは拓さんの知識の深さに感心して、部員の指導も手伝ってもらっている。  拓さんは僕にもよく話しかけてくれた。段位も三段で僕より上だから一度僕に教えようとしてくれたこともある。ただ、拓さんが僕に射形について話していた時、風吹が割って入った。 「すみません。桜には俺と時任さんが教えてるからアドバイスはいらないです。色んなひとから言われると型が崩れるんで」  拓さんは目を見開いて風吹を見返した。風吹の声は落ち着いていて、言い方も乱暴ではなかったし何より正論だった。それでも、道場の中は一瞬静まり返った。みんなが拓さんに対して好意的になっている中、風吹の言動は異質に感じられたのかもしれない。女子部員の田沼さんなど、近くにいた友人に何かヒソヒソ声で話かけている。 「それもそうだ。ごめんね、桜くん。余計なこと言って」  拓さんはすまなそうに微笑んで僕に向かって手を合わせた。  実際、射形は複数人から指導を受けると混乱して崩れることがある。中学時代も色々なひとから射形を見て貰い、返って的中率が下がってしまった部員がいた。結局その子は部活を辞めてしまった。何が正解か分からないし、(あた)らないからつまらない、と言って。  部員のみんなも経験者は少なからずそういう出来事に遭遇(そうぐう)したことは多いと思う。射形や指導の受け方に関してはかなりデリケートで個人差が出やすいから、難しい問題だと分かってもいるだろう。  でも拓さんが来たことで日々平坦になりがちな部活動に、いつもと違う浮足立つような雰囲気を感じていた部員たちは、風吹の態度に相容(あいい)れない思いを抱いたようだ。この場に水を差すような事をしないで欲しい──といった感じだろうか。  それはあくまで僕の主観で、何も気にしていないひともそれなりにいたと思う。それでも拓さんはその見た目からして人好きもするし、優しい話し方や艶っぽい風情で急速にみんなから信頼を得ていた。僕らより少し年上なのも憧れを抱きやすかったのだろう。あんなに風吹に夢中だった田沼さんもすっかり拓さん贔屓になっている。

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