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第66話
『病院の場所は風吹くんに渡した名刺に書いてあるから。彼と一緒に遊びにおいで。まぁ、楽しく遊ぶような場所じゃないけど』
ハハ、と進藤先生は笑う。僕は「分かりました」と返事をした。数日後、葵くんと直接話すことができた。僕の携帯にかかってきた番号は進藤先生のものだったけど、出たら葵くんの声が『桜、オレオレ』と言った。
「葵くん! 大丈夫? 元気になった?」
ちょうど大学の構内を歩いているところだったけど、思わず大きな声が出てしまい、周りの学生達から注目されてしまった。僕は通路脇の木の下に入ってみんなの邪魔にならないようにした。
『まだちょっとケツは痛いけど大分マシになったよ。ゴメンね、桜。迷惑かけちゃって』
「ううん。とりあえず体調が良くなって良かった。進藤先生に電話借りたの?」
『そう。進藤っちてばうるさくってさぁ。昨日まで動くなって言ってたのに、今日は少しでも歩けって言うし、入院費とか言って有り金は全部取るし、ヒデーの。イテッ』
有り金は三百二十円だったろ、と言う声が電話口から小さく聴こえた。どうやら進藤先生は葵くんの近くにいるようだ。イテッというのは先生が葵くんを叩いたのか、どついたのかもしれない。
『暴力医者に叩かれた。……テテテ。分かったよ、先生! 感謝してます。神様、仏様、進藤先生さま!』
分かればよろしい、と先生が言っている。僕は可笑しくてつい吹き出してしまった。僕は葵くんとも進藤先生ともさほど親しくはないけれど、ふたりのやり取りから気まずい緊張感のようなものは感じられなかった。葵くんはなつっこい性格だし、進藤先生はおおらかそうなので、馬が合っているのかもしれない。
「楽しそうで良かった。ご飯は食べられてる?」
一番心配だったことを葵くんに訊いてみた。いくら点滴で栄養と摂ると言っても限度がある。口からご飯を食べられていればいいのだけど。
『うん。まだたくさんは食べられないけどね。ここのご飯美味 いんだ。でも尻の穴のためってことで、お腹ゆるくなる薬飲まされてる。もうちょっと良くなったら、もっといっぱい食べていいってさ』
そう嬉しそうに語った葵くんから、一週間後また電話があった。その時も進藤先生の携帯からだった。
『さっくらー、オレ』
「葵くん? 元気そうな声」
『うん。元気だよ。今日退院できたんだ』
「そうなんだ。良かったね。あれ……今はどこにいるの?」
『まだ病院。ていうか、病院の隣にある進藤っちの家』
「え、先生の家にいるの?」
この電話があった時、僕は自分の部屋で風吹と勉強中だった。風吹も意外そうな顔で僕の方を見ている。
『うん。病院で働いて入院費返せって言われた』
「働く? 進藤先生の病院で仕事するの?」
『そーそー。仕事っていっても雑用係だけどね。ゴミ捨てたり、皿洗いしたり。後は看護助手さんの手伝いみたいな?』
「そうなんだ。働いてお金返すなんてすごいよ! あ、でも学校は……」
『ガッコも行くよ。こっからじゃちょっと遠いけど、駅までバスが出てるからなんとか行けそうなんだ』
「そっか。通えそうなら良かったね。おうちの人は? 大丈夫?」
僕はなるべく自然に聴こえるように訊いてみた。葵くんがネグレクト状態にあることは拓さんから聴いた守秘義務情報で、僕は知らない事になっているはずだから。
『それは大丈夫。オレ……親から放置されててさ、家帰ってもほとんど親いないし、たまに帰ってきても無視されるだけ。そんなんじゃまた同じ事起こるかもしれないからって、しばらくここで生活させてもらえることになったんだ』
「そう……なんかごめん。余計な事訊いて」
『全然気にしないでいーよ。ホントの事だし。母ちゃん、男出来てからオレのこと邪魔になったみたいでさぁ。アパートの部屋はあるけど生活費くれないんだ。今までバイトでつないで来たけど時給安いとこばっかだし、進藤っちは衣食住保障してくれるから助かるよ。バイト代は入院費に充てるけど、自分用の小遣いは取っていいとも言ってくれてる』
「それは良かったね。じゃあ進藤先生と一緒に住むの?」
『そういうこと。学校以外の時間は病院の手伝いと先生のお世話。もー、遊びに行く暇ないよ』
葵くんの言葉は文句を言ってるようだけど、口調はなんだか楽しそうだった。少なくとも、先生と一緒に居ることも働くことも本気で嫌がっているようには聴こえない。
『まぁ、入院させてもらったから仕方ないけどね。頑張って働くよ』
「うん。頑張ってね。そういえば携帯は? これ先生の電話からだよね?」
『それがオレの携帯壊れちゃってんだ。スマホも買わなきゃならないとか金ないのに地獄だよ。でもスマホないと不便だから、なけなしの貯金崩して格安のを買うつもり。そうしないと学校からの連絡も見れないし』
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