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第72話
「そうだ、これ置いていくね。お母さんの作ったいなり寿司と旭屋 のお饅頭が入ってる」
僕はリュックから荷物を出しておじいちゃんに差し出した。一応、自分の作った面の入った箱も一緒に渡す。おじいちゃんは荷物を受け取って嬉しそうに笑った。
「芹さんのいなり寿司嬉しいな。桜、また近々ゆっくりおいで」
「うん、部活が休みの日でもまた来るよ。あ、裏の水道借りていいかな。靴を洗いたくて」
「もちろん、いいよ。そうか、雨で道がぬかるんでるからな……。今度砂利を足しておくよ。阿佐美さんも足元が悪かったでしょう。申し訳ないです」
「いえ、私は車で来たので……」
僕はおじいちゃんと阿佐美さんが話している間に、一礼してそっと戸を開けた。外に出て玄関の扉を閉める。「ここでは何ですからどうぞ……」と話すおじいちゃんの声がくぐもって聴こえた。
僕は工房の横手にある水道に行った。蛇口の下に足を差し出して、細い水を出す。白地の靴に飛んでしまった泥が流れて少しマシになった。でも染み込んでしまった灰色の点々は取れず、薄く残っている。完全な防水ではないけど、靴の内側には厚めの布が縫い付けられているので靴下が濡れずに済んだのは幸いだった。
僕は水道の水を止めた。家に帰ってブラシでこすれば綺麗になるかもしれない。とりあえずこれ以上ここにいても仕方ないので、僕は来た道を戻った。またぬかるみにはまらないように慎重に歩く。
道路の脇に立っている木から、ハラハラと枯れ葉が舞い降りてくる。晩秋にしては暖かく、歩いていて気持ちのいい日だった。このまま真っすぐ帰るのが、どことなくもったいなく感じた。
おじいちゃんの家の私道の終わり際には、紅葉 の木が植えられていた。柔らかな陽射しを受けて、赤くなった葉の重なりが透き通って輝いている。その光景は息をのむほど美しかった。
地面を見ると赤い紅葉 の葉がいくつも落ちていた。僕はしゃがんで、目についた綺麗な葉を手に取った。紅葉 は二つの葉が茎の根元で繋がっていた。
それを見て、幼い頃近所の神社にある紅葉 の葉を菫と一緒に拾ったことを思い出した。子供の手のひらのような形の葉っぱが真っ赤に染まっているのがあまりにも綺麗だったので、形の良いものを見つけて押し葉にしよう、と話し合った。
ふたりで一生懸命探したけど、地面に落ちている葉はどれも一部が茶色かったり、緑が混ざっていたり、穴が空いていたりで、完璧に綺麗な葉はなかなか見つけられなかった。
地面に重なる落ち葉をひっくり返してみたものの、納得のいく葉は出て来てくれなかった。枝から直接葉を取れば良かったのかもしれないが、神社のものを勝手に取るのはいけないことだと教えられていたので、ふたりともやらなかった。
仕方なく、そこそこ形の良いものを押し葉にすることにした。ふたりで一枚ずつ手にしてはいたが、僕の紅葉 は葉の一部が少し萎 れていて、菫のものは赤みが薄かった。それでも他の葉っぱよりマシだったので、それを持って帰ることにした。そこに母がやってきた。僕たちが家に戻って来ないので心配して見に来たようだ。
ふたりで服を泥で汚してしまったので、母は呆れたような顔をしてから笑った。「神社の近くを通った時、綺麗なのがあったら拾っておくね」と母は言った。
三人で家に向かって歩き出したら、「あら」と母が言って立ち止まる。母は僕の来ていたジャンパーのフードの中に手を入れた。
「これ、入ってたわよ」
僕のフードから母が取り出したのは紅葉 の葉だった。その葉は艶があって赤々としていた。しかも茎の根元で二枚が繋がっているものだった。僕はポカンとしてその葉っぱを見ていたが、菫は嬉しそうに手を叩いた。
「わー、双子の紅葉 だ! すごいね、桜」
確かにすごく綺麗で完璧と言っていいほど整っている葉っぱだった。あんなに一生懸命探したのに、僕のフードの中に入っていたとは……。
「もしかしたら神様がプレゼントしてくれたのかもしれないわね」
母は僕と菫の頭を両手で撫でた。僕は根暗な性格なので、どうせプレゼントしてくれるならもっと見つけやすい場所に置いてくれればいいのに……と思った。
でも菫は素直に喜んで「双子の葉っぱ、神様ありがと~」と言って両手を上げていた。それを見て、僕の気分もとても軽くなった。
帰宅してから、早速紅葉 を押し葉にした。つながった葉っぱを離すかどうかで迷ったけど「双子だもん。つながったまま押し葉にしよ?」と菫が言うのでそのままにした。
押し葉が綺麗に出来上がった時の菫の嬉しそうな笑顔を思い出す。二つの葉っぱがつながってるのいいね、と何度も言っていた。
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