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第十一話:簒奪者ディオス、国を建て、皇子を奪う

 ディオス反逆の報が届くと、都でのリシェルの評価は「英雄を見出した慧眼の皇子」から「裏切り者を招き入れた愚かな皇子」に反転した。  そしてエトルスカ家がディオスとリシェルの情交を暴くと、それはさらに「裏切り者と姦通した淫売皇子」へと変化した。  リシェルの住まいは、城郭の曲がり角にある、高い尖塔の屋根裏になった。  家具調度は備え付けられ、召使が身の回りの世話をしたが、「幽閉」であることは傍目にも明らかだった。  反逆者と今も通じている可能性があるとして、皇太后をはじめとするエトルスカ家は、リシェルの処刑を要求した。  リシェルの命を救ったのは、召使たちの証言だった。 「リシェル殿下は、ディオスに無理矢理犯されていたのです」 「赤子のできる仕組みも知らぬ無垢な皇子を、ディオスは利用したのです」 「毎晩、『やめて』『許して』という悲鳴が聞こえました」 「シーツに血がついていることもたびたびありました」  リシェルは何も言わなかった。  ディオスが出征して以来、自分で想像していた以上に抜け殻になってしまったのだ。  ──赤ちゃん、孕まなかったな……。  などと当たり前のことを、窓の外の街道を眺めながら、ぼんやりと考えるだけの毎日だった。  ◇ ◇ ◇  果たして「凌辱」だったのか。そんな議論は、帝国の劣勢が伝えられるごとに弱まっていった。  国中がそれどころではなくなったし、「カルロ皇太子が本当に戦死してしまったら、リシェル皇子が帝位を継ぐしかない」という雰囲気が醸成されていったのだ。  ディオス率いるティエラモダ民族主義戦線は、いつの間にか訓練された精鋭部隊となり、常のその先頭に立っているのは、鬼神のごとき戦いを見せるディオスの姿だった。  カルロ皇太子は善戦した。  帝国軍の人的被害が甚大な中、ティエラモダ地方から他の帝国領土へ侵入されることは防ぎ、独立を認める代わりに和睦を結ぶところまでこぎつけた。  一介の貧民から、今やティエラモダ王国の初代国王となったディオスを、帝国は恐れた。  なんの後ろ盾もない状態から反乱を起こし、一国を建てるまでに至ったのだ。いつまた野心を復活させるかわからない。  和睦の裏付けとして、ディオス国王には、王族や名だたる貴族の娘との政略結婚が持ちかけられた。  しかしそのいずれにも、ディオス国王は首を縦に振らなかった。 「貴様らは、そろいもそろってセンスがない。俺が直々に行ってやる」  使者を黒馬の前に跨らせて人質にして、ディオス国王は自ら都にやってきた。  わずかな手勢とともに都へとやってきたディオスを、人々はおそれを抱きながら沿道から見守った。  ◇ ◇ ◇  リシェルは、停戦もディオスによる建国も、何も知らされないまま尖塔の小部屋で暮らしていた。  ディオスが出征してから二年あまりが過ぎたその日も、リシェルは小さな窓から外をぼんやりと眺めていた。  すると城へと続く大通りの脇を人々が埋め尽くしているのが見えた。目を凝らしてみると、その間を堂々と歩みを進める黒馬が見えた。  馬上の人影は、ここからでは豆粒のようだったが、リシェルにはわかった。  ──ディオス……!  リシェルには、ディオスが何故、何のために都にやって来たのかわからない。  しかし、そんなことはどうでもよかった。  ディオスに会いたい──!  ただひたすらその想いだけがこみ上げた。  そして、幽閉されている今、リシェルには皇子として守るべき矜持も威厳も、何も残されていなかった。  急いで扉の外に出ようとした、まさにその時、重く古びた木の扉を開けて、槍を持った兵士が二人、入ってきた。 「どけ!」  リシェルは久しぶりに声を張り上げた。 「なりません。殿下には一緒に来ていただきます」 「ご安心ください。用が済めば殿下のお体には傷一つつきません」  あえてそう言うということは、場合によっては害される可能性があるらしい。  どうやらディオスは、友好的なムードで迎えられるのではないようだった。 「私を甘く見るな!」  叫びながら走り寄り、一人から槍を奪うと、もう一人を槍の柄で吹っ飛ばし、反動を生かして槍を奪われた兵士も倒した。  戦は好きでも得意でもないが、ディオスに馬鹿にされないよう、訓練は怠らなかったのだ。  尖塔の階段を駆け下り、城壁の上を走り抜ける。  ちょうど城門の上に差し掛かると、黒馬が坂道を上ってくるのが見えた。 「ディオーーース!!」  声を振り絞って必死に叫ぶと、黒馬から人のようなものが道端に放り捨てられた。  駆足になった黒馬が、土煙を上げてこちらに向かってくる。 「リシェル殿下がご乱心だ! 取り押さえろ!」  襲い掛かる兵士たちを薙ぎ払い、城門の上に立つと、馬上の人物がはっきりと見えてきた。  黒く長い前髪の間から、猛禽を思わせる鋭い瞳が輝き、口元には不敵な笑みを浮かべている。  銀の鎧を身にまとい、以前よりも、さらに逞しくなったような気がする。 「ディオス!」  リシェルが再び声を張り上げると、城壁の上に向かって、ディオスが叫んだ。 「リシェル! お前を奪いに来たぞ!」  リシェルの瞳から、ボロボロと涙がこぼれ、知らず微笑みがこぼれた。  駆け寄る黒馬に向かって城門から飛び降りると、がしっと大きな身体に抱きとめられた。 「弓、放てーっ!」 「しかしリシェル殿下が!」 「反逆者を討つ千載一遇の好機ぞ! かまわん、放てーっ!」  ヒュンヒュンと飛び交う矢をかいくぐり、ディオスの黒馬は見事都を脱出した。  帝国の記録には、簒奪者ディオスは、第二皇子リシェルを強奪し虜囚とした、と記されている。

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