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第十二話:ディオス国王は、如何にして成れり
これは、我が国の歴史書を編纂するに当たり、記録係がディオス国王から聞き取った内容である。
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「おう、じゃあ背後関係とか色々しゃべってもらうぞ」
冷めた目でディオスは鞭を振るい、ひゅうっ、ばちーん! とまずは牢屋の薄汚れた床を叩いた。
リシェルに襲い掛かった反帝国民族主義者は、手と足を縛られたまま「ひぃっ!」と悲鳴を上げた。
「やめろっ、お前ディオスだろっ! 俺のこと覚えてないのかっ、俺だよ、トニーだよ!」
「あぁん?」
ディオスは常に上昇志向の男なので、有象無象の顔はあまり覚えていないのだが、顔をまじまじと見てみると、確かにこんな奴、近所にいたような気がしなくもない。
「言うなれば背後関係は、お前の伯父さんのゴメスだっ!」
「あん?」
ディオスの実家でゴロゴロしているだけの無職で、しょっちゅうディオスの母親に怒鳴り散らされていた伯父のゴメスは、どうやら裏で反帝国民族主義戦線のリーダーをやっていたらしい。
「ほら、しゃべっただろっ! だから殺さないでくれ!」
「しゃべったら殺さないとは言ってねえ」
ディオスは鞭をしまってナイフを出した。
「そんなっ! 許してくれよ、お前がこんなに強くなってるなんて知らなかったんだ! パシリでもなんでもやる! お前にだってメリットあるだろ?」
「……なるほどな」
ディオスはニヤリと笑った。言われてみれば、確かにそのとおりである。
もとよりこのままリシェルの護衛で終わるつもりはない。もっともっと上に行くためには、帝国もリシェルも知らない、独自の手下というヤツが必要である。
ディオスはトニーを手の者として飼うことにした。
領地をもらったものの、これまで経営は名代に任せっきりで何もやっていなかったので、トニーと伯父のゴメスを地元の領地で小作農として働かせ、裏で資金を渡す代わりに情報を定期的に受け取った。
表向きは、かわいそうな無職の伯父と幼馴染に仕送りをしているだけである。そんな奴は山ほどいるので、誰も怪しむ者はいなかった。
ディオスの与えた資金で、反帝国民族主義戦線は仲間を増やしているようだったが、そんなことはディオスにはさしあたりどうでもよく、リシェルに民族主義戦線から暗殺者が来なくなったのでそれでよかった。
一瞬、「もしかしてこいつらを率いて……」みたいな発想も頭をよぎったが、その時はそれだけだった。
◇ ◇ ◇
一方、リシェルに対するディオスの執着は、強まるばかりだった。
肌を重ねた夜、ディオスの肩に頭を乗せてささやいたリシェルの言葉は、「誘惑」と言うには切実すぎた。
「お願いだ……私を、無理矢理……奪ってくれ……」
苦し気に、まるで助けを求めるかのような声に、興奮というよりむしろ胸が締め付けられて、ディオスは目を見開いたまま微動だにできなくなった。
思わず肩に乗せられた頭を右手で抱え、指で撫でると、リシェルの指が慰められた子供のように、ぎゅっとディオスの服をつかんだ。
心臓まで鷲掴みにされたようで、気づいたら唇を重ねていた。
たとえリシェルが忘れたとしても、あの時の言葉は、真実だったのではないか。
味わった快楽とともに、その想いはくさびのようにディオスの心に打ち込まれ、思い出してムラムラするたびに、ディオスの胸を|苛《さいな》んだ。
ディオスはリシェルの純潔を奪った。
リシェルは甘い声を上げて乱れ、何度もディオスの精をねだった。
そして、そんな熱い夜を過ごしておきながら、キレイさっぱり忘れていた。
──何も奪えていない。手に入れられていない。
ディオスはそう感じた。
またある時は、落とし穴の中で、まるで口淫するように淫らな姿勢と表情で躊躇なくディオスの傷口を舐め、欲情を掻き立てた。
その一方で、「私を犯すなど、ただではすまされないぞ」と権威を持ち出してくる。
しかしそれこそ、ディオスの否定するものだった。
本人がイヤだからではなく、権威があるんだぞと言う。
──お前は、俺にそれを否定させるために、俺を拾ったんじゃないのか?
思い出すたびにディオスの心は燃えさかり、馬上から手を差し伸べるリシェルの姿を思い出の中で睨みつけた。
──お前のその”思い込み”を、下着みたいに引き裂いて犯してやる。
ディオスが強引に犯すと、リシェルは蕩けた表情で、滑らかな尻を振り、吸い付くようにディオスの屹立を貪った。
甘い声で鳴いて絶頂を繰り返すリシェルを見て、ディオスはリシェルを手に入れたと思った。
それなのに、今度はディオスの仕官先や見合い相手を探して厄介払いしようとするのだ。
ディオスは理解した。
単にリシェルを抱くだけではだめだ。
リシェルを縛り付けているものすべてから、リシェルを奪い取らなければならない。
◇ ◇ ◇
カルロ皇太子の軍は、都からティエラモダ地方に向かう街道沿いに陣取ったまま、動かなかった。
「よろしいのですか」
訓練の様子を見守るカルロ皇太子にディオスが問いかけると、カルロは爽やかな微笑みで答えた。
「よいのだ。街道をすべて封鎖しているからな。いずれ奴らは飢える」
「それでは、民間人も飢えるのではないでしょうか」
カルロは、にっこりと微笑んだ。
「反帝国主義は、国でも軍隊でもない。『思想』だ。『思想』は兵を倒しても死なぬ。一人残らず民を恐怖させ、その後程よく甘やかすことで滅びる」
──こいつ……。
汚いことにも血生臭いことにも慣れていたつもりのディオスは、自分がまだまだ甘ちゃんだったと反省した。
確かに王の器ではあるのだろう。その点、リシェルがカルロを尊敬していたのは正しかったわけだ。
だがディオスには、それが無性に腹立たしくシャクに障った。
「そうだ。我が軍が勝利を収めたら、君には私の先遣としてアルモダの城に入ってもらおう。きっとリシェルも鼻が高いぞ!」
「光栄です。カルロ皇太子」
ディオスはアルモダの街出身だ。
反帝国を旗印に掲げる反乱軍、それを制圧し、帝国の先駆けとしてかつての王城に入城するのが、帝国軍人になったかつての地元住民……。
これもカルロ皇太子の言うとおり、反帝国の思想を滅ぼすための演出なのだろう。
口先では恭しく命令を受けながら、ディオスはこの時、腹を決めた。
──お前へのリシェルの尊敬を、残らず奪い取ってやる。
かくしてディオスは兵を挙げた。
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