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1章【未熟な社畜と未熟な悪魔は出会いました】 1

 追着(おいきる)陽斗(ひと)、二十八歳。定時をすっかり超えた、帰宅途中の夜道で。 「──あっ、悪魔だ」  行き倒れ中と思われる悪魔を発見した。  まだまだ雪が残る、三月。歩道の上に倒れ込んでいるのは、どこからどう見ても【悪魔の少年】だろう。  アスファルトの上にへにゃりと力なく垂れている尻尾と、頭部からツンと存在を主張しているツノが、彼を『悪魔だ』と言える証拠だ。  俺の意見を肯定するように、隣を歩いていた後輩──竹力(たけりき)(つき)君も声を漏らした。 「わっ、本当ですね。悪魔ッスわ」 「行き倒れの人間っていうのは創作で何度も見てきたけど、悪魔は初めて……でも、ないか。あまり珍しくないかもね」 「人間の精気を奪うためにフラフラしている淫魔とか、割とありがちッスもんね~」 「だよね? つまり、これはよくあることだね」  後輩となんの話をしているんだ、俺は。と言うか月君も乗っちゃ駄目だよ、加速させないでよ。ノンストップで猥談に展開するんじゃありません。  などと、コントを展開している場合ではないだろう。なんにせよ俺たちは今、もしかすると瀕死かもしれない状態の生物と対峙しているのだから。 「よし、連れて帰ろう」 「えっ、即決ッスかっ? さすがにもうちょっと悩みましょうよ、相手は子供に見えても悪魔ですよ?」  とは言われても、じゃあなんだ? 俺に『この悪魔を見殺す』という選択をしろとでも? 無理だよ、だって可哀想だから。  俺はぐったりとした様子で倒れている悪魔を抱き起こすために悪魔のそばまで近寄り、一先ずしゃがみ込む。 「別に盗られて困るような物なんて部屋にはないし、見られて困るような物もないよ。それに、こうして俺たちが暮らす人間界に渡れたってことは、この悪魔君は正式な手続きを踏んだうえで魔界を出たわけだろうし」 「それはそうかもしれないですけど、それにしたって見ず知らずの男を部屋に連れ込むなんて……」  月君の言い分はごもっともだが、だからと言って『見捨てよう』と思える理由にはならない。 「大丈夫だって。なにかあったら俺の代わりにゼロ太郎(たろう)が通報してくれるし、俺の手に負えないような状態だったらちゃんと悪魔とか魔界とかの問題を担当してくれる関係機関に連れて行くからさ」  後ろで月君はまだなにか言っていたが、スルーしよう。俺のことを心配してくれている、ということが分かっているのだからそれだけで十分だ。  俺は悪魔の少年の体を起こし、そのまま抱き上げる。  すると、うつ伏せで倒れていた悪魔の顔がよく見えた。 「おぉっ。美少年ッスね」  抱き上げられた悪魔の顔を見て、月君が感想を漏らす。  辺りが暗いという理由を差し引いても、顔色は悪い。抱き上げた体は冷え切っていて、寒さのせいなのかそれ以外が理由なのか、震えている。  ……さて。どうして俺が、こんなにもあっさりと『この悪魔君を保護する』と口にできたのか。  それは単純に『ここで見捨てたら寝覚めが悪い』という理由だけではない。 「そう、だね。すごく、綺麗な顔だ」  なにを隠そう、俺こと追着陽斗という男は──。  ──好きなのだ。美少年が。  ……なぜ、倒置法なのか。そこにはあまり、意味がない。気にしないでほしい。  ただ俺は、想像以上に好みドンピシャな美少年を抱き上げているこの状況に、胸を弾ませるので精一杯なのだ。

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