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──いや実際は結婚なんかしていませんけども!
分かってるよ、俺たちはただの保護者と迷子の悪魔。その間には大きな壁があり、そもそも出会ってようやく二十四時間経ったような間柄だ。
それなのに、結婚なんて。現実を見ろよな、追着陽斗よ。俺とカワイは、同じマンションの一室で暮らす赤の他人で──。
「そう言えばボク、掃除してお風呂場をキレイにしたよ。トイレ掃除もした。台所も掃除した」
「メチャメチャいい子じゃん。お小遣いいる?」
前言撤回。もしかするとカワイは、俺の子供だったのかもしれない。うん、この方が現実的だ。
すぐさまポケットから財布を取り出そうと動いた俺の頭上から、冷酷で低い声がポンと鳴る。
[主様が『お小遣い』と言うと、なぜか不愉快になりますね]
「冤罪すぎないっ?」
くそぅ。後でゼロ太郎にも、お小遣いと言う名の電子マネーチャージをしておこう。こう見えて、ゼロ太郎は読書好きだからな。
おっと、脱線した。今はカワイを褒めてあげなくては。俺はカワイと向き直り、カワイの希望を聞くことにした。
俺と目が合うと、カワイはフルフルと首を横に振る。
「お小遣い? は、要らない。だけど、ご褒美は欲しい」
「いいよいいよっ。なにがいい? あっ、昨日はピザを食べたし、今日はお寿司の出前でも──」
俺がスマホを取り出し、食べ物の出前を調べようとしたその瞬間。
「──ギューッてして」
「──んぎゅあッ!」
──カワイが腕を伸ばして、俺からのハグを求めたから。……俺は、死んだ。
リビングの床に倒れ込んだ俺を見て、カワイは「えっ、ヒト? どうしたの?」と、静かに慌てている。
でもさ、こんなの無理じゃん? ビジュアルめっかわ最推し美少年からこんな、こんなこと言われたらさ? 死んじゃうじゃん、普通に。
スーツを着たまま床に倒れ込んだ俺を、膝を曲げて屈んだカワイが覗き込む。
「ギュー、ダメ? ご褒美として、高い?」
「高く、ない。ただ俺、ちょっと嬉しいがすぎる、から。ちょっと今、過呼吸……ッ」
駄目だ、体勢を立て直さなくては。俺は力の抜けた体を叱咤し、なんとか起き上がる。
「俺が相手ならいいけど、でも、本当はそんなことをみだりに頼んじゃ駄目なんだよ? ギューなんてそんな、高度なスキンシップはもっと大事な相手としなくちゃ」
[ちゃっかりと【俺にはいくらでも頼んでいいんだよ】的な意味合いのお言葉を返すそのスタンス、敬服いたします]
「なんて冷酷な声なんだ。おかげで興奮が落ち着いて冷静になっていく」
つまり、ゼロ太郎ありがとう。俺は完全に、体勢の立て直しに成功した。
床に座った俺を見て、カワイは少しだけ不満そうに唇を尖らせた……気がする。
「こう見えて、ボクは人間界のルールがバッチリだよ。カンペキ」
どうやら、無知だと言われた気がして不服だったらしい。
こうして人間界にいるのだから、カワイは確かに【人間界のルール】を熟知しているのだろう。
だが、俺が言っているのはそういう模範解答的なものではない。ここは一度、カワイが持つ【人間界の常識】を聴いてみよう。俺が背筋を正すと、つられたかのようにカワイも背筋を正した。
うぅ、くそぅ。俺の真似をするなんて、可愛いじゃないか。カワイがこれからなんと答えようと、俺はハナマルをあげたくなっちゃうぞ。
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