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3章【未熟な悪魔をレベルアップさせました】 1

 カワイを保護して、一ヶ月が経とうとしている。  始めはゼロ太郎や月君に『大丈夫ですか』なんて心配されていた同棲生活だったけど、そんな心配は杞憂と言えてしまうほど、俺たちの生活は順風満帆。問題の【も】の字もない、穏やかな日々を過ごしていた。  大きな変化と言えば、そうだな……。カワイと指切りをしてまで隠していたあのゴミ集積所と化した部屋が、普通の部屋になったことだね。  正直、未知の生命体が発生してもおかしくないくらいの惨状だったと思う。思い返すと、本当に酷かった。さすがのゼロ太郎とカワイでも、綺麗な部屋に戻すまで三週間ほどの期間を有するほどに。  手放していたワンルームを取り戻したその日は、パーティーだった。カワイが食べたいものを片っ端から取り寄せ、メチャクチャ食事したのだ。ファミリーサイズのアイスを一人で平らげたカワイは、本当に可愛かったなぁ。  なんて、素敵な思い出を育み始めて約一ヶ月。俺自身の変化はと言うと……。 「ただいまぁ~、ゼロ太郎~っ。ただいまぁ~、カワイ~っ」 「おかえ──わぷっ」 「俺のカワイだ~っ! 会いたかったよぉ~っ!」 「んぐっ、ん、んーっ!」  ──ますます、カワイがいないと生きていけない体になっていた。  帰宅と同時にカワイをムギュッと抱き締めた俺は、肺一杯にカワイ成分を吸い込む。初めのうちはカワイも戸惑っていたが、今ではこの落ち着き──。 「んーっ、んんーっ!」 「あっ、ごめんっ! また強く抱き締めすぎちゃった!」  戸惑いどころではなく、生命の危機に瀕するほどだ。ごめんなさい、反省します。  しかし、さすが悪魔と言ったところだろう。俺をここまで魅了し、堕落させるとは……。恐るべき、悪魔。その名は伊達じゃないようだ。 [いえ、カワイ君が悪魔云々の話ではなく、主様のヘンタイショタコンレベルがグレードアップし、手の施しようがなくなっただけで──] 「──あぁーッ! 聞こえないッ、聞こえないなぁーッ!」  カワイを抱き締めたまま、俺は首をブンブンと横に振った。ゼロ太郎の正論すぎる指摘なんて、聞こえないったら聞こえないのだ。  だが、一言物申してやろう。俺は視線を、斜め上に向ける。  なんとなく、俺とカワイはゼロ太郎と会話するときは上の方を向く。いつも、ゼロ太郎の声が上から聞こえるからだ。  俺はゼロ太郎の方を向いているという気持ちで、キッと眉を吊り上げる。 「言っておくけど、俺のカワイに対する情熱に上限なんてないよ! 言うなれば、天井知らずのボルテージだよ! クラリさせたい!」 [またそんなギリギリアウトな歌詞ネタを]  さすがゼロ太郎だ。主のネタを全て熟知し、拾ってくれるとは。  カワイは少々緩まった俺の抱擁から逃げようとはせずに、すっぽりと腕に収まっている。その体勢のまま、カワイは俺を見上げた。 「言うのが遅れちゃったけど、ヒト。おかえり」 「うん、ただいまっ! ほらほら、ゼロ太郎もご主人様に言うことがあるんじゃないかい~?」 [自首しろください] 「それ、暗に『帰ってくんな』って言ってない?」  こんな感じで、俺たち三人の暮らしはなんだかんだとうまくいっている。  ゼロ太郎のサポートがあって、なにをするにも飲み込みの早いカワイがいて、俺が生きていくための資金を働いて稼ぐ。役割分担もバッチリだ。 「もう少しこのままでいたいなぁ~。カワイ、少し早いけど結婚しちゃおうか」 「会話の流れがよく分からない。でも、そうだね。結婚もよく分からないけど、ヒトがしたいならする」 [そんなに軽いノリで人生の大きなイベントをこなそうとしないでください]  ボケとツッコミも、バッチリだった。

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