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と言うわけで、翌日の朝。
「──カワイ、本当にごめん! 本ッ当に、ごめんなさい!」
……ではなく。案の定、お昼だ。
起床時間が、そもそも正午直前。それから準備なりなんなりを始めたので、時刻は圧倒的にお昼。身支度全てを終えた俺は、カワイの前で両手を合わせて謝っていた。
対するカワイは、普段通り。怒っている様子でも、ましてや悲しんでいる様子でもなかった。
「大丈夫、想定通り。おかげで、じっくり時間をかけてお弁当を用意できた」
「ううっ! なんて理解力のある悪魔なんだっ!」
「……って、ゼロタローに指示された」
「俺専属の人工知能があまりにもあまりすぎるッ!」
いつも本当にありがとう! そしてごめんなさいッ!
俺はそそくさとスマホを操作し、目にも留まらぬ速さで電子書籍の購入を始める。俺を見上げるカワイは「ヒトの指、動きが見えない」と、なぜかワクワクしていた。
決済を終えて、電子書籍のデータを全てダウンロードして、っと。……よし!
「──ゼロ太郎には新しい電子書籍をダウンロードしまくったし、各々にとって楽しいお花見の始まりだね!」
[──さすが主様。私の機嫌の取り方を熟知していらっしゃる]
主に俺のせいで紆余曲折を経て、ついに今度こそお花見のスタートだ!
俺とカワイはお花見に必要な道具やお弁当箱を手にし、外へ出た。目的地は、マンションの敷地内。大した距離ではない。
……のだが。
「思えば、カワイとこうして部屋以外の場所を歩くのは珍しいね」
「ボクも今、同じことを考えてた」
エレベーターで一階に向かいながら、カワイは続ける。
「いつもはゼロタローと買い物に行くけど、ヒトとどこかに行ったことはない。そもそも、一日の過ごし方がボクとヒトは全然違う」
「確かに、平日だと俺は会社にいるからね。休みの日は部屋から一歩も出ないし、当然か」
今日の寝坊も然りだけど、なんだか少し申し訳ないな。エレベーターが停まり、俺たちはマンションの外へ向かう。
「生活態度、見直さないと駄目かなぁ……」
「どうして? ヒトの一日は、ヒトが好きなように使っていいと思う」
「それは嬉しい言葉だけど、もう少しカワイとゼロ太郎との時間を増やすべきかなぁって」
「ボクたちとの、時間……」
俺の言葉を繰り返した後、カワイが不意に。
「一緒の空間にいられるなら、それだけで【同じ時間】を過ごしてると思うよ」
空いている俺の手を、キュッと優しい力で握った。
「部屋から出なくても、会話をしてる。ヒトと、同じ空気を共有してる。ボクは、ベッドの上から一歩も動かないヒトとの時間も大好きだよ」
「カワイ……!」
手を握る力と同じように、優しい言葉。俺はジンと感動し、それからカワイの手を握り返して──。
「──ごめん、カワイ。いい話の途中で本当に申し訳ないんだけど、桜の木がある裏庭には裏口から出ないといけないんだ。だから、正面入り口に向かう足を止めてくれないかな」
「──知らなかった。ごめんなさい」
よほど、お花見が楽しみなのか……俺の手を引っ張ろうとするカワイの進むべき道を、手を引くことで導いたのであった。
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