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そんな会話をして、一ヶ月後。大型連休を迎える直前頃のことだ。
「──ねえ、お花見しよ」
[──そのネタはカワイ君には伝わりませんので、バスケのドリブルに似た踊りはやめてください]
俺は、ゼロ太郎とカワイをお花見に誘った。
鋭いツッコミが入り、俺は露骨に拗ねて見せる。
「なんだよう、冷たいなぁ。ゼロ太郎には伝わると思ってこそのネタ振りだったのにさぁ~?」
[いえ、伝わってはいます。伝わってはいるのですが、取り残されたカワイ君が可哀想です]
当のカワイは、小首を傾げていた。……うん、可愛い! 今日も平和だ!
すっかり家事を覚えてきたカワイは、朝食を食卓テーブルに並べながら俺を見た。そう、寝癖がピョンと立ったままの俺を。
「オハナミって、なに?」
「桜を見ながらお弁当を食べたり、他愛のない話をしたりすることだよ」
「……サクラ?」
俺に近付き、カワイは背伸びをして手を伸ばす。寝癖を直そうとしてくれているらしい。とりあえず、しゃがもう。
俺の説明を聴いて、カワイはまたしても小首を傾げる。
「サクラって、ピンクの花だよね? もう咲いたの?」
「このマンション、裏に大きな桜の木があるでしょ? お弁当持って、レジャーシート敷いてさ? 明日、お花見しようよ」
「知らなかった。サクラ、近くにあったんだ」
「そんなところも可愛い~っ」
カワイが、困ったように眉尻をほんのりと下げた。どうやら、俺の寝癖は撫でるだけでは直せなかったらしい。申し訳ない。
気を取り直したのか、カワイの気持ちは正式に俺からのお誘いへと向かう。カワイはコクコクと数回頷き、俺を見上げた。
「したい、オハナミ。ヒトとゼロタローと、オハナミしたい」
「よし、決まりだね! ゼロ太郎、明日の天気は?」
[明日の天気は快晴です。絶好のお花見日和ですね]
「ヤッタ! ……ってことで、カワイ。急かもしれないけど、明日はどうかな?」
「うん、いいよ。嬉しい、楽しみ」
ということで、決定! 俺たち三人は明日、各々にとって初めてのお花見を──。
「でも、いいの? ヒト、休みの日は部屋でゴロゴロしたいんじゃ……?」
するつもりが、うぅっ! 普段の怠惰な俺のせいで、カワイに変な気を遣わせてしまったではないか!
確かに俺は、休みの日の起床時間は正午頃。起きてからはなにをするでもなく、ゴロゴロダラダラ……。普段の俺を知っているカワイの発言は、ごもっともだ。
だが、そんな俺にだって大切なものはある。
「いいんだよ。たまには家族サービスさせて?」
カワイも、ゼロ太郎も。俺にとっては、大切な家族なのだから。
俺の発言を受けて、カワイは目を丸くした。
「カゾク、サービス? ……って、なに?」
[簡単に言いますと、普段は仕事で忙しい人が休日に家族と共に寛いで過ごすことです。家族に尽くすこと、とも言います]
「まぁ【尽くす】なんて立派なことはできないけどさ。カワイが喜ぶことをしたいんだよ」
「それが、家族サービス……」
そこまで言われて、ようやく。
「うん、分かった。じゃあボクは、張り切ってお弁当を用意するね」
「本当っ? 楽しみだなぁ、ありがとうっ!」
カワイは憂いなく、お花見の誘いを受けてくれた。
そうと決まれば、残すは準備のみ。俺は腕を組み、なにができるかを考え始める。
「俺は、そうだなぁ……。今日の帰りにレジャーシートを買って、できることがあるならカワイのお弁当作りを手伝うよ」
「──うん。気持ちだけで大丈夫」
「──戦力外通告早すぎない?」
さすが、長時間ゼロ太郎と一緒にいるカワイだ。俺への信頼が、色々な意味で厚い。ちょっぴり、悲しくなってしまうほどに……。
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