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 お弁当を堪能しつつ、俺はふと顔を上げた。  視界に広がる、桜の花。黙って顔を上げる俺につられるかのように、カワイも顔を上げたらしい。 「サクラ、キレイだね」 「そうだねぇ。思えば、こうしてゆっくり桜の花を見たのは初めてだよ」 「人間にとって、サクラは珍しくない? 興味、引かれない?」 「いやぁ、そういうわけじゃないんだけどねぇ……」  カップに注がれたお茶を飲みながら、俺はもう一度、顔を上げる。 「気にも留めてなかった、かな。情報として【桜が咲いている】とは認識していたけど、だからって俺の日々の行動が変わることはなかったね」  答えてから、俺はカワイに目を向けた。 「だから、カワイが興味を持ってくれて良かったよ。そうじゃなきゃ、俺はこんなに楽しい時間を知らずに、これからの日々を過ごすところだった」 「ヒトはオハナミ、楽しい?」 「うん、楽しいよ。……カワイはどうかな? 俺と同じ気持ちだったら嬉しいんだけどなぁ」  笑みを向けると、カワイが桜から俺に視線を向ける。  真っ直ぐに俺を見つめながら、カワイはほんの少しだけ瞳を細めた。 「ヒト。オハナミって、楽しいね」 「本当? 良かったぁ~。俺とカワイは同じ気持ちなんだねっ。嬉しいなぁ」 「うん、同じ。ボクも、ヒトと同じは嬉しい」  笑い合うと、そのタイミングで風が吹く。  春らしい温かい風だ。俺はコップをレジャーシートの上に置いた後、箸に手を伸ばした。 「外でご飯を食べるのって、新鮮だよね。解放感って言うのかな? 清々しい気持ちになる」 「うん、新鮮。天気がいいから、気持ちいい」 「まぁ俺は、カワイが一緒ならなんだって楽しいんだけどさ。カワイが一緒なら、どこでご飯を食べても楽しい気持ちになっちゃうなぁ~」 「えっ? ……う、うん。ボクも、ヒトと一緒なら大雨でも大雪でも、槍が降っていても楽しい。楽しい気持ちでご飯、食べられる」 「それは、ご飯どころの話じゃないかな……」  喜ぶべき例え話なんだろうけどさ。カワイは時々、突飛なことを真剣に言うから驚いちゃうな。 「お弁当、おいしい?」 「あっ、うんっ。とっても。今日のメニューもゼロ太郎が選んでくれたの?」 「うん。ゼロタローは優秀で有能」  なんだか、ゼロ太郎を褒められると自分のことのように嬉しいぞ。  ここはきちんと、ゼロ太郎にもお礼を伝えなくては。スマホスタンドに立てかけたスマホに体を向けて、俺はニコリと笑みを浮かべる。 「ゼロ太郎が見つけてくれたお弁当のレシピ、今日も最高だよ。いつもありがとう、ゼロ太郎」  ……。……シーン。  あっ、あれっ? 返事がないぞっ? 「おーい? ゼロ太郎、お~いっ?」  呼んでも、やはり返事はない。……もしかして、照れ隠しか?  反応が無いことに若干焦りと照れくささを抱いていると、三角のおにぎりを両手で持ったカワイが、小首を傾げた。 「たぶん、ヒトが買ってくれた電子書籍を読んでるから、ゼロタローは本の世界に夢中。ヒトの声は聞こえてないと思う」 「充実してるなぁ~」  まぁ、楽しんでくれているならなんでもいいけどさ。  全然『お礼を伝えたのに聞こえてないとか、恥ずかしいんだけど!』なんて思ってないんだからね! 本当だよっ! [──脳内ツンデレは鬱陶しいですよ、主様] 「──ヤッパリ純然たる無視じゃん!」  まぁ、うん。……楽しんでくれているなら、それでいいや。ゼロ太郎のツンツン塩対応に嫌な慣れを感じながら、俺は料理に箸を伸ばすのだった。

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