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4章【未熟な悪魔の小さな初恋でした(カワイ視点)】 1
──きっと、ヒトは憶えていない。
『こんなに濡れて、寒かったでしょう? ……ほら、おいで。俺の部屋で、一緒に温まろう?』
そう言って、手を差し伸べてくれた冬の日を。
『今日はね、実はほんの少しだけ疲れていたんだけど……君のおかげで、元気になっちゃった。癒してくれてありがとう』
助けられたのはボクなのに、まるでヒトの方が救われたみたいな。そんな笑みと言葉を向けてくれた、冬の夜のことを。
そして、ヒトは憶えていないんだ。
──優しいヒトを置き去りにして、お礼も言わないでいなくなった。そんな、薄情で酷いボクのことを。
* * *
ヒトに保護されてから、もう二ヶ月経った。
人間界での生活も、ヒトとの共同生活にもさすがに慣れてきたと思う。ゼロタローに指示を受けながら朝ご飯とお弁当を作るボクは、こう言うのも不思議な気持ちだけど、家事ができる優秀な悪魔だ。
魔界でも家事はしていた方だと思うけど、今ほどじゃない。そもそも魔界にいた頃は、家事に楽しみもやり甲斐も持っていなかった。
でも、今は違う。できることが増えると嬉しいし、楽しい。
それに、なによりも……。
「うー、あー……。……なんか、いい匂いが、するぅー……」
ボクが家事をすると喜んでくれる相手がいるから。
ヨタヨタと覚束ない足取りでリビングにやって来たのは、この部屋の家主兼ボクの保護者──つまり、ヒトだ。
大型連休を終えたヒトは、すっかりいつも通り。どこか悲哀を抱えながら、それでも頑張って平日の朝を迎えている。
「んぅ、う……。ねむ、い……」
フラフラ、よろよろ。ヒトは働いていない頭からの指示で、あまり開いていない目に映るリビングを危なっかしい足取りで歩く。
ちなみにだけど、余談。基本的にヒトは、リビングにある食卓テーブルで食事をする。だけど稀に、寝室にあるテーブルで食事をする場合もあった。
この、違い。……そう。それは、ヒトの起きた時間。
今日は正直、ギリギリ。もう二分ヒトの起床が遅かったら、今日は寝室でのご飯になるところだった。
なんてことをボクが考えていると、ヒトが寝室から出てきて数秒後。『ガッ!』と大きな音を立てて、あろうことかヒトは食卓テーブルに足をぶつけた。
「いだぁッ!」
大型連休が終わってからのヒトは……。……うん。
──今日も、ヒトはカワイイ。それに、寝癖が付いていてもカッコイイ。
大型連休を終えても全く衰えていないヒトの魅力に納得し、ボクはコクリと頷く。それから、蹲っているヒトに近付いた。
ヒトはすぐにボクの接近に気付いて、メソメソと情けない顔をボクに向ける。……そんな顔もカワイイしカッコイイなんて、ヒトはすごくすごい。
「んえ~っ、カワイ~。痛いよ~、慰めて~……」
「よしよし」
「うぅっ、カワイ~。好き~っ」
ベソベソと弱音を吐きながら、ヒトはボクのお腹に顔を埋めた。
……朝からヒトに、ギュッてされてる。ちょっと、ほっぺがホカホカしてきちゃった。
だけどヒトは、ボクのほっぺが温かくなっていることに気付いていない。ボクにしがみつきながら、この世を憂い始めたからだ。
「二日しか休んでないのに五日働くんだよ? おかしくない?」
「おかしい」
「俺は『来ていいよ』なんて言ってないのに、月曜日が勝手に来るんだよ? 変でしょ?」
「変」
[カワイ君、ツッコミを入れてください]
ちなみにこれは、結構いつも通り。最終的にツッコミ役を引き受けてくれるのは、不思議といつもゼロタローだった。
ボクは『役得』なんて思いながらヒトの頭を撫でて、ゼロタローのビシッとしたツッコミをスルーする。……当然、ヒトは「ゼロ太郎が冷たい~っ。機械みたいに冷たいよ~っ」って泣いちゃったけど。
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