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 ヒトがお風呂に入っている間に、ボクはいつも晩ご飯の片付けをしている。  だけど今日は、片付けの前にやらなくちゃいけないことができちゃったみたい。 [カワイ君、申し訳ございません。主様がバスタオルを忘れていますので、脱衣所まで運んでいただけますか?] 「うん、分かった」  緊急ミッション、ヒトにバスタオルを持って行け。ボクは食器を流し台に置いてから、急いでバスタオルを取りに向かう。  このバスタオルがないと、ヒトは体を拭けない。そうなると、ヒトは裸で脱衣所から出てくることになっちゃう。  ……それはそれで、悪くないけど。だけど常識的に考えたら、湯船に浸かったままボクに助けを求めるよね、きっと。  ヒトの裸は、おあずけ。いつか絶対、見せてもらうもん。……できれば、ベッドの上で。  いやでも、ヒトが相手ならベッドじゃなくてもいいかな。ヒトがシたいって思ってくれたタイミングで、好きなときに求められたい。  でもでも、初めてはヤッパリちゃんと雰囲気のあるシチュエーションで……。 「──夜景がキレイなホテルに連れて行ってもらっても、ボクはヒトしか見ないから意味ないよね……」 [──なぜバスタオルを運ぶだけでそのような思考に?]  いけない。また、いい子じゃない悪魔になっちゃうところだった。ボクはバスタオルを抱えて、ヒトがいる脱衣所に向かう。  おつかいをしっかりこなして、少しずつヒトの中のボクに対する好感度を上げなくちゃ。そんなことを考えていたボクは、ノックはおろか声掛けすら忘れて脱衣所の扉を開いた。 「ヒト、バスタオル忘れて──」  扉を開けた、その先で……。 「バスタオル? あれっ。俺、持って来るの忘れちゃってた?」  ヒトがなにをしているかも、考えもしないまま。  バサッと、床の上に布が落とされる音。その布は、言うまでもない。だってココは【脱衣所】なんだから。 「わざわざ持ってきてくれたんだね。ありがとう、カワイ」  ヒトは笑顔で、お礼を言ってくれた。  ──服を、脱ぎ捨てた後で。 「あ、っ」  声が、うまく出てこない。だって、だって仕方ない。  ヒトの、上半身が。ヒトの、上裸。ヒトの、胸、お腹。ヒトの、ヒトの……。ボクのキャパシティは、僅か数秒で限界値を突破した。  ヒトを、直視できない。ボクはすぐに視線を落として、ヒトの上半身から目を逸らす。  でも、それだけじゃダメ。今は一刻も早く、上半身裸のヒトから離れなくちゃ。 「──ご、ごめんなさい……」 「──出て行くのは構わないんだけどバスタオルは持っていかないで!」  カッコイイ。どうしよう、ドキドキしちゃう。そんな気持ちでいっぱいのボクは、バスタオルを抱いたまま脱衣所から出てしまった。  慌てて扉を開け直して、バスタオルを脱衣所に放り込む。扉の向こうからヒトが「ありがとう~」って言ってくれたけど、返事もできない。  ヒトの上半身を見ただけでこんなにドキドキしちゃうなら、ボクは……。さっきまでの妄想が、今しがた見たばかりの情報をプラスしてよりリアルにボクの頭に浮かび上がった。  とん、と。脱衣所の扉にもたれかかる。 「ヒトの全部を見たら、どうなっちゃうんだろう」  呟きながら、扉に預けていた背中をずるずると滑らせて、床にへたり込む。 [いかがなさいましたか、カワイ君] 「ゼロタロー……」  頭上からゼロタローの声が聞こえて、ボクは顔を上げた。  どうしよう。どうしよう、ボク……。 「──どうしよう、ゼロタロー。ボク、ヒトに抱かれた、かも」 [──錯覚です。本当に、錯覚です]  混乱するボクに対しても、ゼロタローは安定のゼロタローだった。

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