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ボクの、宝物みたいな思い出。温かくて、優しくて……ほんの少し、切ない記憶。
全部を聴いてくれたゼロタローは、思うことがあるらしい。頭上からポンと、声を降らせた。
[それを、主様にはお伝えしないのですか?]
「魔界の規則で、そのことは人間に言っちゃダメなんだ。それに、ヒトは一夜だけのネコのことなんて覚えてないと思うから、言うつもりもない」
[それではなぜ、私にそのお話を?]
ゼロタローが続けた問いは、当然の内容。ボクは上を見て、思わず表情を緩めてしまった。
「ボクが【ヒトを騙してなにかしようとしている悪い悪魔】じゃないって、信じてほしかったから。それと同じくらい、ボクはヒトに下心があるって知ってほしかったから、かな」
ゼロタローにとって、ヒトは大切な相手。そんな相手のそばに、見ず知らずの悪魔が転がり込んできた。そんなの、ゼロタローにとっては不安要素でしかない。
だってゼロタローには、実体が無いから。言葉を降らせることはできても、物理的にボクを追い出すことはできない。……つまりゼロタローじゃ、ヒトをボクから守れないから。
だからボクは、ゼロタローに知ってほしかった。ゼロタローが持つ膨大な知識の中に、ボクという悪魔のことをインプットしてほしかったんだ。
……なんて。それは、偽善的な建前。本音は、ちょっと違う。
ただ、ボクは……。
「これも、ナイショの話だけど……ボクね、ヒトのことが大好きなんだ。ネコの時に助けてくれた日から、ずっと好きで……こうしてボクを保護してくれてから、もっともっと好きになった」
誰かに、ボクの気持ちを話して楽になりたかったんだ。
始まりは、小さなトキメキだったと思う。トクン、って。微かで、小さな初恋の音だった。
だけどね、小さな初恋の音がどんどん大きくなって……。今はもう、ボク自身でもどうしようもないほど、ヒトのことが大好きなんだよ。
ゼロタローは小さな音で[そうですか]と相槌を打って、続く言葉を降らせる。
[本日交わしたお話は、全て主様には秘密とさせていただきます]
「うん。ボクとゼロタロー、二人だけのヒミツだよ」
優しいヒトと一緒にいるゼロタローは、ヤッパリ優しい。ボクは上を見たまま微笑んだ。なんとなく、ゼロタローも微笑んでくれている気がしたから。
[無粋な問い掛けで大変恐縮ではございますが……告白は、しないのですか? 主様に『好きです、付き合ってください』と]
「うん。まだ、言わない。まだきっと、ヒトにとってボクは【同居人のカワイイ悪魔】だから、まだ言わない」
プラプラ、ふりふり。足を揺らして、尻尾も揺らして。ボクは初めての【恋バナ】というものに対して、無意識のうちに上機嫌だ。
「でもね、これもナイショだけど……ホントは、早く告白したいよ。早く、ボクだけのヒトにしたいんだ」
[カワイ君……]
「──欲を言えば、早くヒトにボクを襲ってほしい。ボクのバージン、ヒトに貰ってほしい」
[──本日交わしたお話は、全て主様には秘密とさせていただきます。絶対に、人工知能魂に誓って……!]
ゼロタローは約束を守ってくれるステキな人工知能だ。尻尾が揺れるのを止められないくらいに。
これでゼロタローは、ボクの気持ちを知っている唯一の相手になった。だからゼロタローと二人きりのときは、もっともっとヒトの話ができるんだ。
そこでふと、思い浮かんだ疑問。ボクはその疑問を、考えるよりも先に舌の根から転がしてしまう。
「悪魔と人間は、どこまで仲良くできるんだろうね。……どこまで、仲良くしてもいいんだろう」
答えは、すぐだ。
[お互いが望むことを、欲しがるままにいくらでも。……と、主様ならお答えになられますよ]
「……そう、だね。ボクも、ヒトならそう言う気がした」
だってヒトは、感情を持たないプログラム──ゼロタローとも、こんなに仲良しなんだから。なぜだかボクは、ほんのちょっと胸を張りたくなった。
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