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 ベッドに座ったまま、ボクは話を続けた。 「悪魔はね、授業の一環で人間界に行く実習があるんだ。人間界に行きたい悪魔は魔術を封じられて、動物の姿にされて、一週間だけ人間界を好きに移動できる。それでボクは、ネコになって人間界に来た」  魔界にある、授業の話。ボクが体験した、ナイショでヒミツの話を。 「初めのうちは楽しくて、色々なところを回った。だけどボク、ネコの時にもお腹が空いて行き倒れちゃったんだ。その時にボクを助けてくれたのが、ヒトだった」  上を向いたまま、ボクは話す。  どうしてボクが、ここに居るのか。どうしてボクが、人間界──ヒトに固執しているのか、その理由を。 「二年くらい前、かな。ヒトがボクを連れて帰ってくれたのは、このマンションじゃなかった」 [だからカワイ君は、この部屋をご存知なかったのですね] 「うん。それに、ヒトも少し変わってた。だから最初は、記憶の中のヒトと一致しなくてビックリしちゃった」 [二年前、ですか。……そうですね。今の主様とは雰囲気が違うでしょう]  知らない場所、記憶と少し違う人間。ビックリして、慌てちゃって。 『──キミ、誰。ここは、どこ』  だからヒトと再会した時、あんな言葉しか出せなかった。  ボクが知っていたヒトは、なんて言えばいいのかな。……酷く、やつれていたんだ。  初めて会ったヒトは『冬で寒いから』って理由を抜きにして、顔色は悪かったように見えた。言葉は優しくて笑顔も温かかったのに、元気はなさそうで……。今のヒトとは、かなり印象が違ったと思う。  でも、ヒトはヒトだった。そう確信したのは、再会したあの日。 「ヒトと初めて会った場所が、ヒトが通っている会社の近くだったことは覚えていたから、そこをウロウロしていたら会えるかなって思った。それで、気付いたらまた行き倒れちゃった」  二度も、ヒトはボクを助けてくれたんだもん。見た目も印象も記憶のヒトと違ったけど、中身はボクの知っているヒトだった。  ボクの話を聴いてくれていたゼロタローは、色々なことに納得してくれたんだと思う。 [なるほど。つまり、主様とカワイ君の出会いは偶然ではなかった、と] 「ホントはきちんと、ヒトと言葉を交わして一緒に暮らすつもりだったんだけどね」 [そうですか。……話してくださって、ありがとうございました] 「こっちこそ、聴いてくれてありがとう」  ボクは視線を床に向けて、プラプラと足を揺らす。 「ネコ一匹くらい、放っておけば良かったのにね。あの時のヒトは顔色が酷くて、人間についてあまり詳しくないボクでも心配になっちゃうくらいだった。きっと、誰かに優しくできる余裕なんてなかったはずなのに……」 [そうですね。このマンションに越してきたばかりの主様は、本当に酷い顔色と生活をしていましたから]  ゼロタローがそう認識するくらい、ヒトはヤッパリやつれていたんだ。ボクの認識は、間違っていなかったみたい。  自分がつらい思いをしていて、しんどくて。それでもヒトは、見ず知らずのボク──しかも人間じゃなくて動物に、優しくしてくれたんだ。 「ヒトは、お人好しだね」  ボクはつい、足だけじゃなくて尻尾も揺らしてしまった。

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