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ゼロタローに心配をさせたままなのは、きっと良くない。ボクはヨキンザンダカを元の場所に戻してから、いつもヒトと一緒に寝ているベッドに座った。
「ねぇ。ゼロタローにとって、ヒトってどんな人間?」
[それは勿論、一言で形容するのなら【ヘンタイ】で充分な──]
ジッと、上を向く。真っ直ぐと、ゼロタローを見つめるために。
ボクの目を見ているはずのゼロタローは、なにかを思ったらしい。途中まで音にしていた答えの続きを言わず、間を作った。
それから、ポンと。ゼロタローは、どこか静かな音で答える。
[……【超】という単語だけでは足りないくらいのお人好し、ですね。自己犠牲精神の塊です]
ボクにとって、納得できそうで。どこか理解できない、そんな答えを。
咄嗟に相槌も返事もできなかったボクを見て、ゼロタローは『補足説明をしなくては』と思ったのかもしれない。
[簡単に説明いたしますと、例えば『主様と、主様が全く知らない他人。どちらか一人が死ねば、もう一人は生き残れます。そして、どちらが死ぬかの選択権はあなたにあります』と言われたら、主様は迷いなく『なら俺を殺してくれ』と言います]
「相手は、ヒトが知らない人間なのに?」
[えぇ、そうです。主様は、そういう男なのですよ]
それでもヤッパリ、ボクには理解ができなかった。
確かにヒトなら、そうするかもしれない。そんな【納得】はあるけど、大前提の部分でそんなことをする意味が【理解】できなかった。
[正確には【自己犠牲】ではないのですが、それは追々カワイ君も理解できる話なので、今は話しません]
「分かった。ヒトとのナイショ話みたいだから、ボクも深くは訊かない」
でも、ゼロタローにとってヒトがどんな相手なのかは分かった気がする。だからボクは続けて、他の質問を投げた。
「ゼロタローは、ヒトのこと……好き?」
[私には【感情】などというものはありません。私は、人工知能ですから]
時々、ゼロタローは意地悪な気がする。ボクは思わず、ムッとしてしまった。
だけど、ゼロタローは人工知能だから。ゼロタローが出せる答えは、意地悪なものにしかならないのかもしれない。
[膨大なデータを元に、主様が望んだ関係性と立ち位置、そしてキャラクター設定に則って発言をしております。最も適切な言葉を選択し、返答する。それが私たち、人工知能です]
「じゃあゼロタローは、ヒトのことが嫌い?」
[ですから、私には【感情】が──]
でも、ゼロタローは賢いから。
「ボクは【人工知能】じゃなくて【ゼロタロー】に訊いてるよ」
[……]
ボクが言いたいことを、理解できる。
[……はぁ、まったく。カワイ君は、妙なところが主様に似てまいりましたね]
だからゼロタローは、わざとらしくため息を吐いた。人工知能には必要のない、ため息を。
すぐにゼロタローは、どこか不服そうな声音で答えてくれた。
[好ましく思っていますよ。そういう関係性と振る舞いを望まれていますから、私にはそうとしか答えられません]
ボクは「そっか」と相槌を打って、ゼロタローを見つめる。
「ボクたち、幸せ者だね」
[本当に、発想の斜め上加減が主様そっくりですね]
「そう? だったら、嬉しいな」
[そういうところです]
ゼロタローにとって、ヒトは大切な相手。
だったら、話してもいいのかもしれない。ゼロタローには、知っていてほしいから。
「あのね、ゼロタロー。これからボクがする話は、誰にも言わないでね。ヒトにも言っちゃダメな、大事でヒミツの話だから」
ゼロタローにとってヒトが大切な存在なら、知っておくべきなんだと思う。
「──ボク、ホントはヒトのことを知ってたんだ。ボクは、ヒトに会いたくて人間界に来たんだよ」
ボクが、どういう悪魔なのかを。
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