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 よく見ると──いや、よく見なくても気付いていたけど。どうやらこのストレッチルームにも、運動器具が置いてあるようだ。  俺の視線を追い、カワイもその存在に気付いたらしい。人間界の全てに興味津々なカワイはすぐさま立ち上がり、部屋の隅に置かれた機械に近付いた。 「これは、なに? 跨ればいいの?」  ロデオマシーンってやつかな、これは? 見たことはあるけど、俺もやったことないなぁ。 「たぶんだけど、コレに跨って落ちないようにすればいいんだと思う」 「分かった。やってみる」 「ナイスチャレンジ精神」  早速、カワイを抱っこだ。  すると、カワイはビックリしたらしい。 「えっ、ヒト? ボク、自分で座れるよ?」 「しまった、つい」 「つい……なら、仕方ないね」  抱き上げられたカワイは、ちょっぴり顔が赤い気がする。どうやら、ようやく運動による変化がカワイにも出てきたようだ。  尻尾が左右に揺れている中、俺は抱き上げたカワイをマシーンの上に座らせる。カワイがしっかり跨ったことを確認した後、スイッチを入れた。  すぐに、カワイを乗せたマシーンがぐわんぐわんと揺れ始める。すると珍しく、カワイのテンションの変化が分かり易く表れたぞ。 「おぉ、おーっ。揺れるー」  カワイが前後に、ぐわんぐわん。戸惑いながら、だけど楽しそうに……。 「動画を撮ってもいいかなっ? 仕事の休憩時間に見るっ!」 「いいよ」 「優しい好き百億点ッ!」  俺はスマホで、エアロバイクに揺れるカワイを撮る。なんだこれ、最高じゃないか。運動、万歳!  カワイがピースを向けてくれるという最高のファンサービスをしてくれる中、不意に、小首を傾げた。 「ところでこれって、どんな効果があるんだろう」 「体幹トレーニング、ってやつかな? こう、バランスを取るとか?」 「あまりよく分からない、かも。ヒトもやってみる?」 「そうだね。じゃあ、せっかくだし俺も……」  一度スイッチを押して、カワイと交代。記憶の中のロデオマシーンを見様見真似で、跨ってみる。  そこで俺は、カッと目を見開いた。  ──こっ、これはっ! 「──カワイの体温が残っている! ヤバッ、興奮するッ! 汗が噴き出てきたッ!」 「──良かった。ダイエット成功だね」  ロデオマシーン、最高か? スタッフさんにチラチラ見られた気もするけど、いやこれは俺のせいじゃないでしょ。ここにこのマシーンを配置したからであって。つまりこれは、陰謀だ!  なんてことを考えながら揺られること、数分後。俺はまたしても、とんでもないことに気付いてしまった。 「……ヤバい、カワイ。大変だ」 「どうしたの?」 「──酔った」 「──人間って、脆弱だね」  カワイがスイッチを押し、マシーンの動きを止めてくれる。それからカワイに支えられながら、俺はゆっくりと床に座り込んだ。  俺はぐったりと項垂れながら、己の三半規管がいかに脆弱かを痛感したのだった。それと同時に、理解する。  ダイエットとは、己を見つめ直す行為。なんと過酷な修行なのか。俺は項垂れながら、カワイに背中を撫でてもらった。

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