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 エアロバイクでの運動から、おおよそ四十分後。  俺とカワイは再度、ストレッチルームで体を伸ばしつつ休憩をしていた。 「運動するとヤッパリ暑いね」 「うん。ポカポカする」 「汗ひとつかいていない、だと」  同じメニューをこなしているはずなのに、なぜ。タオルで額を拭っている俺とは違い、カワイは相変わらず涼しい顔をしていた。  これが、毎日スーパーやホームセンターで買い物をしているカワイとの差なのか。俺は自分が情けなくなり、ちょっぴりシュンとする。 「いっそさ、魔術で涼しい風を送る~とか。そういうのってできる?」 「できるならしてあげたい、けど……」 「……『けど』?」  へにょり、と。カワイの尻尾が、床に着く。なぜだか分からないが、落ち込んでいるようだ。 「ボク、実技が苦手。座学は得意だけど、実技は得意じゃない。魔術って、理屈じゃない」 「カワイが遠い目をしている……!」  どうやら、カワイは魔術行使が苦手らしい。勝手な偏見だけど、てっきり悪魔はバンバン魔術を使うものだと思っていたから、ちょっと驚きだ。  そう言えば前に、崖から飛ぶのがどうのこうのって例え話をしていたっけ。あれはこういうことだったのか。  カワイは遠い目をしたまま、ついでに尻尾も垂らしたまま。ポツリと、仮定の話を始めた。 「ヒトのために魔術で涼しくしてあげたいけど、ボクがそんなことをしたら、きっとヒトは……」 「……えっ、なにっ? なんで言葉を区切って目を逸らすの、カワイ?」  遠い目から、俯きへ。カワイは俺から目を逸らして、ポソポソと小さな声で呟く。  まるで、罪を告白するような様子で。 「──冷やし方を間違えて、きっとヒトの内臓を氷漬けにしちゃう」 「──体が温かいと汗が流れて体にいいよね! このままでいたいなっ、このままでっ!」  ──こっ、怖いぃ~っ! 悪魔怖いよっ! いや、カワイか! カワイが怖いっ!  駄目だ、話を変えよう。これじゃあ、誰も救われない。 「暑いと言えば、もうすぐ本格的に夏だね!」  強引に話を振ると、カワイはみょ~んと前屈をしながら返事をしてくれた。 「うん、夏。人間は夏になると、海とかプールって場所で避暑するんだよね。テレビで見た」 「そうだねー。俺には無縁だけどねー。あははー」 「ごめんね、ヒト。エアコンがある部屋も避暑地だもんね」  しまった、俺が振った話題だというのに気を遣われてしまった。ごめんね、俺が引き籠りなばっかりに。  それにしても……海、海かぁ。 「水着のカワイに、浮き輪か。……ふぅん、へぇ?」 「ヒト、どうしたの? どうして、ブツブツ言いながらボクを凝視するの?」 「水着のカワイか。だけど、太腿の模様は俺が独り占めしたいなぁ。……いや、待てよ? 丈によっては、太腿の模様が隠れるかも。なるほど……」 「ゼロタロー、どうしよう。ヒトの目が据わってる」  長ジャージを着て、今のカワイは露出ゼロ。なぜ、そうしたのか。他の人にカワイの素肌を見せたくないからだ。  しかし、海やプールには連れて行ってあげたい。カワイは絶対、そういうアクティビティ的なものが好きだと思う。  だけど、でも、しかし。前屈をするカワイを見つめながらグルグルと考え込んでいると、またしても俺のスマホがブブッと振動したのであった。

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