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 カワイには甘いコーヒーだけを用意すると約束をした後、お互いのマグカップを持ち直した俺たちは、まったりとソファの上でくつろいでいた。  ヤマもなく、オチもない。他愛のない話をただ、ぽつりぽつりと続けるだけ。こういう時間が、俺は大好きだ。 「ヤッパリ、カフェインで目がパキパキになるのはよく分からない。人間は魔術以外の要因で体調を左右されるなんて、不思議な生き物」 「人間からすると悪魔の方が不思議だと思うけどねぇ。お互いがお互いにビックリってことかなぁ」 [人工知能的には、悪魔も人間も興味の対象ですけれどね]  まったり、のほほん。コーヒーを啜りながら、俺たち三人は雑談をする。  いいなぁ、この時間。なんだか、家族っぽい。俺たちには一切血のつながりなんてないけど、それでも家族っぽいじゃないか。  なんて和んでいると、隣でカワイがニヤリと口角を上げた。 「そう言えば、人間は自分の老廃物で体が汚れたり、そのせいで体調をおかしくしたりしちゃうんだよね。……ぷっ。脆弱」 「カワイが、悪い子みたいな笑い方をした……」  しかし、レアな表情だ。心のメモリーに刻み付けよう。  だがそこで、カワイの言葉に潜む違和感に気付く。 「んんっ? じゃあ、悪魔は魔界でお風呂に入らないの?」 「必要はないけど、お風呂が好きな悪魔は多いよ。サッパリして気持ちいいから」  なるほど。そこは人間と共通の感覚なんだな。勉強になる。  悪魔の体を便利だなと思っていると、カワイがまたしても尻尾をへにょりと垂れさせた。 「でも、ボクはちょっと苦手。水を浴びると、ゾワワッてする。濡れるのは、ちょっと不快」 「えっ、そうなのっ? それなら、無理に入らなくてもいいんじゃないかな?」 「だって、ヒトは毎日入ってるでしょう?」 「まぁ俺は、老廃物が──……って、んんっ?」  カワイの答えを理解するよりも先に、カワイは言葉を続ける。 「ヒトに『不潔』って、思われたくない」  ……そっか。俺の生活に、価値観を合わせてくれているんだ。  俺とカワイの気持ちが、恋愛的な意味では同じじゃなくたっていい。今はまだ、このままで。  カワイは、俺とは違う気持ちだとしても、俺との生活を大切にしてくれている。今は、これ以上の贅沢なんて要らない。これ以上を望むのは、恐れ多すぎる。  思わずジンとしてしまっている俺に構わず、カワイは【お風呂に入る理由】を続けた。 「それに、お風呂上がりのボクをヒトは『いい匂い』って言って、それから『俺と同じシャンプーの匂いがして、同棲感マシマシで幸せ』って言ってくれるから」 「そう復唱されると、なんかヘンタイじみてて恥ずかしいな……」  確かに俺は、入浴後のカワイにそういった言動を向けている。好意を自覚してから振り返ると、なんとも猛省し甲斐のある態度だ。申し訳ない。でもやめられないので、ごめんなさい。 「それに……」 「えっ、まだあるのっ?」  なんということだろう。カワイはさらに言葉を続けようとしているではないか。ひえぇ~っ。俺、そんなにヘンタイ行為を常日頃無意識に──。 「──ヒトにドライヤーしてもらうのは、好き。頭を撫でられているみたいで、嬉しいから」  照れり、照れり。カワイは垂らしていたはずの尻尾を上げて、フリフリと振っている。ほんのりと照れた様子のカワイを見て、俺は絶句するしかなかった。  そんな俺に気付いて、カワイは小首を傾げる。 「……ヒト? 固まって、どうしたの?」  名前を呼ばれるも、俺は返事ができなかった。己の目元を手で覆うのに、忙しかったからだ。  それから、カワイに向けていた顔をそっと天井に向けて……。 「──守りたい、この天使」 「──悪魔だよ」  いくらでも頭を撫でてあげるよ。むしろ、撫でさせてほしい。  俺は天を仰ぎ、現状の幸福をしっかりと噛み締めるのであった。

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