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しかし、それにしたって疑問は残る。俺は椅子に座り直してから、草原君を見上げた。
「でも、月君が好きならどうして今までお昼を誘いに来なかったの? もっとアピールしたら良かったのに」
月君は椅子に座り、ぐったりとしている。もう口を挟む余力もないらしい。
草原君はそんな月君の後頭部をジッと見つめたまま、俺の問いに答えてくれた。
「実は、人間界でよく耳にする【押して駄目なら引いてみろ】を実践していたのでございます」
「あぁ、なるほど。……あれ? じゃあ逆にどうして、最近はお昼を誘いに?」
「──思えば【押して駄目】というわけではなかったなと気付いたからでございます。なので、押しに参った所存でございます」
「草原君のそういうところ、俺は好きだよ」
「コイツの珍妙な言動を肯定しないでください、センパイ……」
それにしても、月君の態度を見ているに……ふむふむ。どうやら月君は、草原君から向けられている気持ちを知っているらしい。
それにしては、なんだかあまり嬉しそうには見えない。むしろ、少し困っているようにさえ見える。なぜだろう?
「ところで草原君は、具体的には月君のどういうところが好きなの? 見た目が好みとか?」
「そうでございますね。見た目も、確かに僕のフェチズムにマッチするのでございますが……」
えっ。なんで月君に熱視線を向けたまま、言葉を区切ったの?
俺がほんのりと、まるで本能で感じ取ったかのような……そんな、恐怖じみたものを感じるとほぼ同時。
「──これだけ【体力自慢】と主張したげなお体をしているのに、いざベッドの上では自分よりも華奢で小柄で細身な僕に体力で負けてしまい、さらなる体力作りに励むと同時に心の中には僕に対する悔しさや嫉妬などの複雑な感情を増幅させ、結果、頭の中を僕で支配し尽くし、体作りも僕のためになっていく。……という具合に、竹力様を骨抜きにしたいのでございます」
「──こういうところが苦手なんスよ。分かってくれましたか、センパイ?」
「──うん。ヤバいね、草原君の屈折しまくった感情」
そう言えば、前にカワイも……。
『──ヒトがボク以外のネコを選ぶなら、見るに堪えないほどヒトをグチャグチャの八つ裂きにして、ボクも死ぬから』
……って、言っていたような。未だに、カワイが猫を敵視する理由は分からないけど。
もしかして悪魔は全員、独特な感性をお持ちなのかな? 半分とは言え悪魔の血が流れている俺も、もしかすると例外ではないのかも?
……駄目だ、考えるのをやめよう。そもそも、論点はそこじゃないしね。
えぇっと、つまり。話をまとめると……。
「と言うことで、竹力様。そろそろ僕とセックスしたくなったでございましょう?」
「ならないよ! 三日月のことは同期として好きだけど、それ以上は無し! 無しだからな!」
「では、健全な食事会はいかがでございましょうか? 今晩、居酒屋で飲み明かすのはよろしいでございますか?」
「三日月と二人で? うっ、うぅ~ん……。二人きりってのはまだちょっと、なんて言うか……。三日月と普通に喋るのは、全然楽しいんだけどさ……」
草原君は、月君が好き。だけど月君は草原君がグイグイくるのが苦手……。かみ砕くと、こういう状況かな。
二人をラブな意味で無理にくっつけるのは、本意じゃない。だけど同期として仲良くなるのは二人にとっても良いことだと思うし、きっと二人も意味は違えどそれを望んでいるはず。
ならばここは、後輩二人が少しでもわだかまりなく関われるように手を回そう!
「──その飲み会、俺も混ざっていいかな?」
「「──救世主!」」
ということで、今晩は三人で飲み会だ。
二人は瞳を輝かせ、しかも口を揃えてそう言ってくれた。なのでこの選択は、正しいはずだ。……たぶん。
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